「それがなあ、そんなこともないんだぜ、立向居」

沖縄の、美しすぎるほど青く青く広がる海を見慣れている彼の発言だからこそ、それが理解できなかった。海は青い。一般常識だ。正常な視覚を伴った人間であれば、海の色は青以外のなにものでもない、と分かっている。
「あの、青じゃなくて緑、とか、濁ってる海は茶色、とか、そういうことじゃないですよね」
「たりめえだろ」
馬鹿にしてんのか、と言いたいのは表情で分かる。こういうときの綱海さんは途端に子供みたくなって、本人には申し訳ないが、立向居からすれば可愛いとしか思えない。そんなことを知ってか知らずか、「あのよ」と綱海さんは続く言葉を話しはじめる。
「それは、水面の色だろ」
「え? そ、うですよね」
「海の中は青くねえよ」
視線が外せなくなる。綱海さんの黒い瞳は吸い込まれてしまいそうになる。催眠術をかけられているときはこんなふうになるのだろうか、なんて下らないことを考えてしまうくらいには、妙な浮遊感があった。

「砂の色とか、底の水の色とか、水面から入ってくる光の色とか。沖縄じゃ、珊瑚とか小魚とかの色もそうだな。とにかく、青なんて一色で表せるもんじゃねーんだ。表面だけで海の見え方を決め付けたら、海に失礼ってもんだろ」

なんだか胸がいっぱいになった。自分の目で見た素晴らしいことを、彼は余すことなく伝えてくれるし、それが普通だと思っている。そうだ。綱海条介という人間は、そういう男だった。
「そうですね、綱海さん」
上辺だけでもなく、中身だけでもなく。ありのままでいる彼がこんなにも魅力的だから、その言葉は力を持つのだろう。ほとほと敵わない。皆を、自然物をも愛する彼は、何よりも何からも愛されていた。




海は青いと決まっている /101210
(title:ゴズ)

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