みいん、みいん、じぃわじぃわ、大気の温度を上げる効果があるのではないか、とさえ思わせる大斉唱が、あたりを埋め尽くしていた。コンクリートからは陽炎が止まない。木陰ですら黒々と刻まれる影は、その光源の強さを嫌というほど地上の者に見せつける。そんなところを、少年たちは走っていた。強い光と熱によって、彼らの頭頂部はすっかり熱くなっている。汗に濡れる髪をばたばたと揺らして、ぜえぜえと息を切らして、それでも彼らは走りつづけていた。理由などない。ただ走りたい、そう思ったからだ。たとえその場所が炎天下であったとしても。
「ペース落ちてるぞ、綱海」
「う、っるせ、お前が、早すぎんだ、風丸!」
振り返り苦笑した風丸は、スピードを落とさずそのまま走りつづけた。二人の距離にはそれなりの差が出来上がっている。いくら綱海が抜群の運動神経を持ち合わせていて、暑さにも強かったとしても、元陸上部として走ることに長けている風丸に勝てないのは仕方のないことだった。競っているわけではないので、そう言うと語弊があるのだが、風丸が綱海より前方を走っているのは事実だ。吹き抜ける風に心地好さを感じているのが風丸、照り付ける太陽と吸っても吸っても足りない酸素に苦痛を感じているのが綱海だった。だがどのくらい走ってきただろう。疲れを感じていたのは、両者とも同じだった。
「ひと休みしようか」
すっとテンポを落とし、しっとりとした水色を靡かせながら、立ち止まった風丸が振り返る。綱海は釈然としない表情のまま、風丸に追いついた。風丸は前方を指差し、微笑む。「ちょうど、日陰だし」
しばらくは荒くなった息を整えるのに必死だった。ささやかなオアシスはバス停となっており、備え付けられたベンチに深く体重を預け、ふたりは高く広がる空を眺めている。障害物のない田舎道だ。何にも遮られず、何者も届かない目の前に広がる青は、ただただ、遠かった。綿飴に似た白は、その傍まで行ったらどれほど大きいのだろう。実体が無いのは分かっている、けれどそんなことを考えてしまうのは、この空模様が幼心を無意識に思い出させるせいかもしれない。この暑さは鬱陶しいはずだ、この陽射しは憎たらしいはずだ、なのに夏の空は、ひどく、心に残る。
「暑いな」
「そうだなあ」
風丸はちらと綱海を見遣った。目を閉じ、足をだらしなく伸ばして背もたれに頭を預けている。彼は手の甲で雑に額の汗を拭った。ああそういえば、タオルを忘れてしまったんだ。風丸も思い出したように、Tシャツの襟元で鼻の汗を拭った。
「でも、気持ちいいな」
「……ああ、そうだな」
再び綱海を見ると、横顔の彼の黒い瞳が鮮やかな青を反射していた。つられるように、空を眺める。時折吹き抜ける風が、火照った肌を冷やしてくれる。こめかみを伝う汗の感覚がリアルで、それすらも、くすぐったいような心地好さをもたらした。体を動かすこと。厚く入道雲の広がる青空を眺めること。汗をかくこと。咲き誇る向日葵。蝉の声。己を取り囲むすべてが、夏だった。それが気持ち良かった。
みいん、みいん、じぃわじぃわ。鮮やかな美しさを引き連れて、夏が訪れていた。




サマー・ポートレイト

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