「冬花」
その声が誰のものかなんて見なくても分かるけれど、返事代わりに振り返った。
「お父さん」
夕陽を背負った父がそこにいた。立ち止まり、父が私に並ぶのを待ってから、ふたりの自宅へ向かい歩きだす。
「お惣菜が安かったの。だから、今日のご飯、それにしちゃおうと思って」
「そうか」
父が、ちらりと私の手元を見た気がする。肩にかけたエコバッグには食料品、手に持ったシルバーのビニール袋の中には日用品が詰まっている。どちらもさほど重量は無く、大した負担でもなかったのに、父はすっと手を伸ばし、私の手からビニール袋を奪い取った。
「いいよ、重くないから」
「いや、いい」
あまり言葉が噛み合わないのはいつものことだ。父が持つと若干小さく見えるビニール袋は、自分で持っているときには気づかなかったけれど、隙間から意外と中身が覗けるのだった。父には縁のない生活雑貨が、一番上に乗っている。ああ、それを見て。妙に納得してしまった。夕飯をスーパーのお惣菜にしてしまったもうひとつの理由にも気付かれてしまったかもしれない。でも父はこう見えて、驚くほど理解のある人だった。
「ありがとう、お父さん」
私が父に甘えるのは苦手だけれど、父が私を甘えさせるのはひどく上手だった。

*冬花+道也




はあ、と今日だけで何度目か知れない溜め息をついた。四方を囲む白い壁がそれを反射するかのように、全身に憂鬱な気が纏わり付いてくる。その根源を乱雑すぎない程度にまとめ、足元にある小さな箱へと詰めた。重い足取りでその空間をあとにする。
外に出ると、グラウンドの方から運動部の声が盛んに聞こえてくる。憂鬱に拍車をかけるそれらを耳に入れないようにして、裏門の方へと向かおうとした、のだが。
「夏未?」
何故ここで彼の声がするのだ。
「…豪炎寺くん」
彼の視線は、私と目を合わせたあとで、手に持ったスクールバッグを見た。帰るのか、と言われる気がして、とっさに言い訳を考える私の狡い思考を遮ったのは、全く違う言葉だった。
「大丈夫か?」
「…………え?」
「帰るんだろ。今日ずっと体調悪そうだったし、大丈夫なのか」
「───」
彼の黒い眼には、微かだが私に対する心配の色が浮かんでいる。あまり感情を表に出さない彼だからこそ、それは単純に嬉しかったし、『ただ体調が悪い』という認識も、このタイミングでは有り難かった。
「…大丈夫よ」
「そうか」
「ええ。わざわざありがとう。…豪炎寺くんは部活でしょう?遅れてしまうわよ」
強がっていつものように振る舞う私に対してか、彼はふっと微笑を浮かべて「また明日な」と私に背を向けた。あれも彼の優しさだったのかもしれない、とは後から思った。

*雷門+豪炎寺




まい、まい!聞いた!?フットボールフロンティアインターナショナルだって!
すごいなあ、世界か…、日本からは誰が選ばれるんだろう。円堂はゼッタイだよな。それに豪炎寺だろ、鬼道だろ、…ってあれ、あたしたち宇宙人(まあホントのところ違ったけど)に勝ったんだよね?じゃあ、キャラバンに乗ってたみんなが日本代表になれば敵ナシじゃんか!そうだよね!うわっ、もっと楽しみになってきた!みんなと、…円堂とまた、サッカーができるんだ!

「……塔子さま。ですが、FFIは…その…、公式試合、ということになります。ですから、女の子の参加は……」

今までがあまりに自然すぎて忘れていた。円堂たちとサッカーをしていた時間が楽しすぎて、忘れてしまっていた。公式試合に出ることができるのは、男の子、だけ。ああそっか。あたし、女の子だった。
ごめんね、まい、そんな辛そうな顔しないで。あたし全然平気だから。笑ってまいに抱きついたけれど、その時のあたしはお腹の下らへんが痛むのを思い出していた。最近くるようになった、生理、ってやつは、女の子にしか起こらないらしい。
じゃあ、これがなくなれば、あたしも女の子じゃなくなるのかな。まいを、あたしに関わるみんなを悲しませてしまうと分かっているから、口にはしないけれど。ほんとはやっぱり、また円堂たちと、サッカー、したいよ。

*財前+館野





憂鬱を孕むマリア

100716/title:虫喰い


「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -