彼女が罪を犯している。私に言わせてみればそれはれっきとした犯罪だった。世間一般的にみても、彼女は制裁を受けるべき行為をしていた。だというのに、彼女は裁かれない。それは何故か。彼女の世界は、学校という小さな社会でしかなかったからだ。ちっぽけな枠の中で脚光を浴びること、それが彼女にとっては快感なのだろう。理解し難い。真意も計り得ない。計りたいとも思わないが。

ああ、小さい人間なのだな、と最初は思った。彼女はまさしく虎の威を借る狐であった。彼女は卑しい狐であるのに、周囲の者たちは虎の顔で彼女を認識し、虎の実力を評価する。私には狐の表情など丸見えであったし、虎は借りものというより盗んできたものであるという事実もすぐに分かった。それに騙される周囲の者たちも何なのだ、と思ったが、学校における交友関係を考えればそれが当然なのだろう。事実を見抜いた私だけが、彼女は異常だとそんな目で見ていたのだから。その程度で騙される者にちやほやされること、その程度でうかれている狐などそれまでの人間なのである。いずれ暴かれて谷底に突き落とされようと、それは自業自得だと。周囲の人間も含めて、私はとにかく冷めた目で彼女を見守ることにした。私ではない誰かが、いつか彼女を裁いてはくれないだろうかというささやかな期待も抱きながら。
だがそれはあくまで期待であると、私も薄々気付きはじめた。彼女は口が達者であったのだ。というよりは、よく回る口なのである。被った虎の皮が剥がされそうになると、その口がぺろっと出任せを並べ立てる。
「サイトはいとこが管理してるの」
「ああそれね、いとこにヘルプ頼んで見様見真似でやってみちゃった」
「ごめん、いとこに確認してみないと」
虎と狐の微かな相違点であったり、虎のつくった作品に関して尋ねられたりすると、彼女はそんなふうに逃げるのだった。いとこにしては家族のように密接しているのだな、というところである。あまりに自然に虎の皮を被るものだから、疑っている私のほうが悪い人間なのだろうか、と一瞬どきりとしてしまうくらいだ。
恐らく彼女は私たちを見下しているのだろう。だから私たちには自分の悪事が暴かれないと思っているし、虎の皮──自分がつくったと偽った虎の作品──を見て「凄いね」「上手だね」と褒め讃える私たちに対し、卑屈すぎるほどに謙遜するのだ。そして何より、周囲の人間のことは『友人』ではなく『自分の作品を見せびらかす人』くらいにしか思っていないのだろう。彼女が、私をはじめ他の人間のことを名前で呼んでいるのを聞いたことがない。
私も今ではすっかり関わりを絶っている。時折、多くの時間を同じ空間で共有しているということに嫌気がさすが、それは彼女の存在を意識から除外することで何とか堪え凌いでいる。早く暴かれないだろうか。早く何者かが彼女を谷底へ蹴り落としてくれないだろうか。彼女に対する嫌悪感を隠し持ったまま、私は彼女が裁かれる日を心待ちにしている。あくまで裁くのは私ではない、私以外の誰かだ。虎は住み処も世界も近いようで遠い場所にあったから、自分の皮を被られているなど知る由もないだろう。『ばれなければいい』などと、浅はかな狐が考えそうなことだ。だが事実、狐はいるのだ。私のすぐ近くに。境界線はひどく曖昧であったから、制裁というはっきりしたものは与えられないかもしれない。だが、皮をすべて剥がされた狐は、きっと醜くみすぼらしいはずだ。蔑まれればいい。居場所が無くなればいい。絶望という名の深い深い谷で藻掻き続ければいい。
私は、そうなった狐を眺めることでようやく、このもやもやとした嫌悪感から解放されるのだ。心待ちにしているなんて、かわいらしいものではない。──いずれ訪れる裁きの時が、楽しみで、仕方ないのだ。




ノンフィクション /100701

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