雨が止んだ。

「止んだな」
「ああ」
早くも顔を見せた太陽の柔らかな陽射しを受けながら、豪炎寺と風丸は各々の傘を閉じた。軽く水気を切り、散らばった布が邪魔にならないよう、傘を回転させて畳む。一通りの作業を終えて、彼らは再び歩き出した。雨によって部活が中止になったので、普段より若干早い時間の帰り道だった。暗くなりはじめる夕刻特有の空の色が、雨雲から除く太陽の光でどこか神秘的な雰囲気を醸し出している。
風丸は心の奥底が跳ねるように疼くのを感じていた。課題終わったか、だとか、今日だれそれから聞いた話が面白かったんだ、だとか。小さな会話に花を咲かせつつ、風丸は先程の疼きの正体を自覚した。風丸は右手で傘をさしていた。右隣に豪炎寺がいたので、左側にスポーツバッグをかけていたためである。だが傘が畳まれた今、片方の手が空いている。風丸は左手で傘を持っていた。空いているのは、豪炎寺に近いほうの手だった。
(なんか、触りたい、な)
自然を装って、ほぼ同じペースで歩く豪炎寺を見遣る。整った鼻筋の横顔に一瞬見惚れたが、視線はそのままずっと下、彼の左手だった。豪炎寺もまた、風丸に近いほうの手を空けていた。
(うわ…、どうしよう)
繋ぎたい。豪炎寺の体温を感じたい。先程まで傘を握っていた、その手持ち無沙汰な感覚も手伝って、そう強く思った。だが体裁よりも何よりも、己が、恥ずかしい。仮に風丸が豪炎寺の手を握ったとしても、きっと豪炎寺は驚くくらいで嫌がりはしないだろう。そう信じられるほどには、二人の関係は深くなっていた。だが問題はそこではない。風丸の生来の気質がおぼえる、それを実行に移すことに対する照れ臭さなのである。ああどうしよう!そんな風丸のささやかな葛藤を知ってか知らずか、

「風丸」
豪炎寺はいっとう優しく囁くように風丸の名を呼んで、その手をさりげなく絡めとった。

「───っ、豪炎寺!? だっ、誰かに見られたら」
「大丈夫だ」
突然のことに風丸が吃っていると、繋げた手にゆるく力が込められた。今歩いているこの場所は住宅街である。半端な時間で人の気配すら無いとはいえ、学校帰りの少年ふたりが手を繋いで歩いているとは如何なものか。世間体を気にする意識は嫌でも付き纏う。ああ、だがしかし、望んだ体温にこんなにもしっかりと触れている。手と手を繋ぎ合わせる、たったそれだけのことなのに、風丸はこの充足感にひどく安堵した。
「……嫌だったか」
「! ちが、」
ふと、その手が離されてしまうのではないか、そんな不安に駆られて、今度は風丸が握る手に力を込める。風丸が豪炎寺のほうを見ると、彼もまた風丸のことを見つめていた。視線がかちあう。
「……実は、繋ぎたい…な……って、思ってた」
消え入りそうな声で風丸が告げる。やはり恥ずかしい、けれど、それが事実だったから。
すると豪炎寺は一瞬だけ目を丸くしたようだったが、すぐにそれを細めて、
「俺もだ」
同じこと考えてたんだな。そう言って、柔らかく微笑んだ。

空を見上げれば、美しい七色のアーチが雲の間を駆けていた。住宅街の細い道路を、手を繋げた若い恋人同士が歩いている。それは密やかでささやかな幸せだった。しっかりと握られた互いの片手は、その幸せを共有しているようにも、映し合っているようにも見えた。




しあわせのシンメトリー /100608
(title:ミシェル

「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -