佐久間はすうと目を開けた。眼前いっぱいに、崇拝する彼の顔が広がっている。苦しげに閉じられた瞼、小刻みに揺らぐ細い睫毛。かわいい、そう思ってじっと見つめていると、視線に気付いたのか、震える瞼の下から深紅が現れた。それとがっちり目が合うと、さすがに恥ずかしいらしい、目尻から頬にかけて彼の顔がぐっと赤みを増す。ああやっぱりかわいい。
「っ…は、佐久、間」
口から荒くなった息が漏れた。同時に彼の顔が微かに、ほんとうに微かに離れて、彼の腕が佐久間の胸板に触れてぐっと力を込められる。突っ撥ねられる。だが佐久間はそれを許さなかった。
「だめですって、鬼道さん」
彼の後頭部と腰に手を回す。ぐっと引き寄せて、離れかけた唇をより深く貪った。まるで情事の時のような卑猥な水音がする。彼の唾液はひどく甘いような感じがして、佐久間は夢中でそれを吸い上げる。彼の口腔内を余すことなく侵し、容赦なく、犯す。
「ッん、んん、! ゥ、あ」
「んむ…、きどう、さん」
さすがに佐久間にも酸素が足りなくなって、すこし口を開いた。だが離れることは許さない。あくまで重ね合わせたまま、舌を絡ませたまま、空気を取り込む。呂律が回らず、互いに恥ずかしい声が漏れた。外気に触れた舌がすこし乾くような感覚があり、それが不快で、すぐにまた唇を唇で覆った。今度は顔の角度を変えてみる。彼はまだ酸素を吸い足りなかったらしい、口の中でもどかしげに喘いでいる。かわいすぎる!ああもっと、もっと彼のこんな姿が見たい!
「鬼道さん、鬼道さん」
「ふっ、ぅ、…んん…ッ」
ずるりと舌を吸い上げた。すっかり神経が痺れたらしい彼は、もはや全身を佐久間に預けていた。彼の体を抱きしめる腕に力を込めると、重なった唇がいっそう深くなる。佐久間の舌も感覚が鈍くなってきていて、彼の唾液には麻酔の効果があるに違いないと思った。最初からひとつのものであったかのように、絡めた舌がすっかり馴染みあっている。
上顎のほうを舌でなぞれば、彼の身体はびくびくと震えて、微かにくたりと弛緩する。さらに腕へ力を込めて、強く抱きしめながら、彼を喰らってしまえそうなほど深く、唇を追い求める。このまま、いっそこのまま融け合ってしまえたら。俺のこの想いは満たされるのだろうか、いや、どうすれば、あなたを俺のものにできるのですか。いつまでも答えの出ない自問に、報われないような、救われないような感情が纏わり付いた。
「鬼道さん。鬼道さん、俺、」
縋るように名を呼べば、彼はまたうすく目を開けた。さくま、と呟いた彼の声はひどく弱々しかったけれど、佐久間の背中に回された彼のちいさな掌は、力強くその衣服を握り締めていた。布ごしに伝わる彼の体温は、まるで幼い子供のように高い。皮膚が溶かされるような錯覚が起こり、そのままひとつになってしまえればいいのにと佐久間は思った。でもひとつになってしまったら、彼のこのかわいらしい姿は堪能できないのだ。佐久間はどうすれば良いのか分からなかった。だから佐久間はさらに彼を求める。求めれば求めるほど、何故彼を求めるのか、境目は曖昧になってゆく。
(ああ、すきです、鬼道さん)




融解する境界線 /100604
(title:レプリカ)


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