濁った感情が蠢いている。二人の間に存在するのは、おおよそ綺麗とは言えないものだった。嫉妬。羨望。嫌悪。憧憬。どんな言葉でも表せたが、どんな言葉でも足りない。育ってきた環境、培ってきた能力にそれぞれ差がある二人で、ぴたりと美しい友情を育もうということがまず現実感のない話だった。ましてや彼らは、実力主義ともいえる環境のなかで出会ったのである。馴れ合いではないのだ。たとえ互いに温和な表情を浮かべていても、反発してしまうことが道理であり、事実だった。何かが長けて、何かが劣る。完璧な人間など、存在しないと思っていたから。

僕のこと、嫌い?
うすく桃色がかった小さな唇が、唐突にとんでもない言葉を紡ぐ。風丸は内心で驚いた。この全体的に白い、儚い少年は、穏やかなあの瞳で周囲のことをよく見ているようだ。見透かされた感じがして、一瞬息を呑む。けれど間をおくと何か誤解されそうで、慌てて口を開いた。
「…何、言ってるんだ。どうしたんだ、吹雪」
嫌いではない。それだけははっきりしている。だが、好きになれないのも事実だった。彼は自分に無いものを、あまりに多く持っていたから。自分が弱いせいだ、自分がもっと頑張れば良いのだ、そんなものは詭弁でしかなく、自分が努力しても尚届かない場所に、彼はいる。力を求める者、即ち自分にとって、彼はあまりに遠かったのだ。そんなものに半端に近づいてしまったら、嫉妬という感情に苛まれるのが、どうしたって人間の性なのである。もともと他人に対して滅多にそういった感情を抱かない風丸は、己の嫉妬心とどう向き合えばいいか分からず、常にその蟠りを持て余していた。今回もやはり、彼と喋るというだけで自分の中に壁を作ってしまっていた。自覚はあまり無いようだが。
「もっと簡単に考えてみない?」
脈絡の無い言葉と、突然頬に触れてきた指の温度差に、風丸の肩が反射的に震えた。
「難しいことばっか考えてちゃダメなんだよ、風丸くん」
隣に座る吹雪を見遣る。にこりとそれはもう可愛らしく──あまり男には似つかわしくない言葉だが、彼の笑顔に関してはそうとしか表現のしようが無い──微笑んで、細められた濃浅葱がこちらをじいっと見つめている。風丸は再び息を呑んだ。吸い込まれそうだと思ったからだ。有無を言わせぬこの感覚には、畏怖さえ感じ得る。微かに後退りをした風丸に対して、吹雪は無遠慮に顔を近付ける。気付けば風丸の両頬を吹雪の両手が包んでいた。
「僕、風丸くんのこと、好きになっちゃったみたい」
あまりに簡単な言葉だった。簡単すぎて、どう受け止めれば良いのか、風丸は瞬時に判断できなかった。「え」と聞き返すのに開かれた唇を、吹雪のそれが素早く塞ぐ。ぺろりと舌舐めずりしながら離れていくその唇が、妙にあかく映って。一瞬止まった呼吸に塞き止められて、風丸の思考はすっかり停止していた。さらに追い打ちをかけるように、吹雪は再び、今度はより深く、風丸の唇を奪う。遠くなる意識につられて、自分が今何をされているのかも、吹雪に告げられた言葉の意味も、すべて忘れてしまいそうだった。いっそ忘れてしまえば、吹雪の言うように面倒臭い思考など捨ててしまえば、俺はもっと、吹雪士郎という人間を好きになれるのだろうか。足りなくなった酸素を苦しげに取り込みながら、風丸はぼんやりとそう思った。




息を止めれば忘れるさ /100519
(title:方法論

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