「今日は海が荒れんぞ」 昼休みのことだった。そう呟いた綱海は、頬杖をついてぼんやり窓の外を眺めていたから、大方満腹になって眠いのだろうと音村は思っていた。唐突にそんなことを予言する綱海に、音村はあくまで冷静に、そう、と返事をする。言ったあとで、ふいに空を仰いで確認した。今日の色を、今日の天気を、だ。 「荒れそうには見えないんだけどね」 「まあ、だよな」 快晴だった。青天も青天の、雲ひとつない空。綱海もそれに関しては異論がないようで、あっけらかんと笑っている。だが自分の予言もまた覆りはしないらしく、でも荒れんだよ、と一瞬だけ真摯な表情を海に向けた。「海がそう言ってんだ」 綱海というのは本当に不思議な男だった。海を愛し、風と対話し、波を従えることができる男だった。海の偉大さを恐れるような発言もしばしば見受けられたが、彼はどうみても海に愛された人間であった。少なくとも音村はそう思っていた。だから彼が、綱海がそう断言するのなら、きっとそれは正しく起こりうる事象なのだろう。反論の根拠も無ければ意味すら存在しない。音村は相変わらず、そうか、と相槌を打つだけだった。 「でもなあ、どうすっかなあー…」 「珍しいね、何か決めかねてるのかい?」 「いや、さすがに今日はサーフィンすんの止めとくか、って思ってたんだけどよ」 うん、と音村は返事すら的確なタイミングでリズムを刻む。それに乗って、綱海の口からも滑らかに言葉が流れ出す。 「助けてあげて、とも聞こえんだ」 「へえ」 音村からようやく、感情を伴った返事が発せられた。それは興味深い。そんな好奇心を含んだ二文字だった。 おそらく主語は海だろう。綱海が聞き取った海の言葉なのだろうが、気になったのはその言い回しだった。助けて、ではなく、助けてあげて、である。明らかに第三者が関与する。 「だから俺、海に行かなきゃなんねえ気がするんだ。危険だけど、俺にしかそいつは助けてやれねえのかもしれない」 恐らく、彼の中ではもう答えが決まっている。先程悩んでいたのは、行くか行かないかではなく、自分に何ができるのか、それに思いを巡らせていたのだろう。正義感の強い彼だから、助けてと言われたら助けるように、脳が信号を切り替えるのだ。助けないという選択肢は、存在しないのだ。 「俺は綱海のそういうところが好きだよ」 「…音村…おまえなあ、教室でそういうこと言うなよ」 恥ずかしくなったのか、綱海は食器の乗っていたトレーを片付けに席を立ってしまった。ふふ、と音村は微笑んで、途切れていたビートに再び耳を傾ける。 静寂の裂ける音 (そして侵略者たちがやってくるのです。) /100504(title:けしからん) |