この辺りに海は無かっただろうか。ぼんやりとそんなことを考える。沖縄から出たことがなかったから土地勘などあったものではないし、交通機関を利用してほかの地へ足を伸ばせるほどの財的余裕もない。第一、余裕がないのはそんなことをしていられる時間そのものであった。こうしている間にも、侵略者たちはこの星を乗っ取ろうと画策しているのだ。それに対抗できるだけの力を、自分たちは手にしなければならない。侵略者たちに対しても、自分に対しても、ほとんど時間との勝負であった。限られた時間のなかで、限りなく自分の力を高めなければならないのだ。楽観的である人間ですら、こう一人で物思いに耽っていると、気が滅入りそうになってしまう。
ただ、そういう切羽詰まった状況だからこそ、意識は逆のものを求めるのかもしれない。海を見るだけでもよかった。とにかく、心を落ち着けたいのだ。続く試合、慣れない環境、仲間の離脱。ストレスが溜まる要素はいくらでもあったから。
綱海は眼を閉じた。打ち寄せる波と碧い空を思い浮かべる。いつだってそばに海があって、手にはサーフボードを持っていて。にーにー、と駆け寄ってくる子どもたち。そして、
(「綱海!」)
名を呼ぶ仲間。思い出すのは、淡い水色の髪を揺らしながら眼鏡越しにやさしく目を細める、あの親友の笑顔だった。あれ、と綱海は思う。
(なんで、音村がこんな、)
頭の中に描かれた彼の姿が、表情が、声が、離れてくれない。俺は風景を思い出してえんだ、と想像の音村を立ち退かせようとする。だがそこではたと気付く。馴染んだ景色、好きな景色、それらとともにあるのが、音村だった。彼が自分の隣にいること、それは自分の目の前に海が広がっていることと同じくらいに、自然なことであったのだ。考えてみればそうだ。気付けばあいつは自分の側にいた。気付けばそれが当たり前になっていた。

「……今頃、どうしてんだろうなあ」
思い出してしまったら、その恋しさは沖縄の風景と同等であることに気付いてしまった。会いたくても会えない状況というのは、そういえば今までありえなかった気がする。声が聞きたい。自分の話す意味のない話題にも、笑って耳を傾けてくれるあいつの声が、聞きたい。はたと思い出して携帯を取り出すも、自分は音村の番号を知らないのだった。そんなもの無くても、いつだって好きなときに会えたのだから。無性に悲しくなって、寂しくなって、そう思わせる音村を一発殴ってやりたくなった。恐らくこの争いが終わるころには、そう考えたことすら忘れてしまうのかも知れないけれど。否、恐らくというよりほぼ確実に、忘れてしまうであろう些細なことだ。けれどその、友人にしか許されないような些細な戯れこそが、綱海の中に、こそばゆい温もりを生み出していた。
遠く離れた故郷に対する恋しさと、離れたことで気付いた友に対する恋しさ──。その意味合いが若干異なることを、綱海はそれらに再会できたときに知るのである。




ベガは初恋を知る /100501
(title:バンビーノ伯爵)

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