怖くないのか? ぱちん、ぱちん、という金属音に重ねられる風丸の声を、鬼道は確実に聞き取ることが出来なかった。少し間を置いて、聞こえた母音からその内容を憶測する。主語は無かったが、今この状況から察するに、この行為のことを指しているのだろう。「爪切りが、か?」「ああ」
すらりと伸びた細い指を掴んで、それ用の鋏で爪を挟み込む。ぱちり。使い古された金属特有の、キュッと擦れるような音と共に、湾曲を描く白が指から切り離された。
「俺には、どうして怖いのかが分からないんだが」
「はは、普通そうだよな」
からりと笑う風丸からは、怖そうな表情など微塵も窺えない。けれど先程、俺爪切りって怖くてできないんだ、とその眉尻を下げて、確かに言った。だからこそ今こうして、鬼道が代わりにその手を取ったのだ。子どもみたいだ、と鬼道はゴーグルの下から風丸の大人びた表情を盗み見て思う。女爪だな、とは怒られそうなので言わないでおいた。ぱちん。再び指先に鋏が入れられる。爪切りの持ち方を変えてヤスリをかけようとすれば、「ああ、適当でいいって」と柔らかく制止される。本人がそう言うならいいか、と鬼道は次の指に取り掛かった。
「鬼道は爪がどういうものか知ってるだろ?」
「……角質化した皮膚、ということか?」
「そうそう。いちおう皮膚なんだぜ、爪って。俺、それ知ってから怖くてさ。自分の一部をこんなふうに切り落とすなんて、なんか、怖くないか?」

爪切りなど、自己管理のひとつとして幼い時から義務付けられる行為だろう。ぱちん。ならば俺は今、風丸の一部を容赦なく切り捨てる冷たい人間に見えているのか、と鬼道は思った。怖いなどと感じたことがない鬼道にとって、それは何となく心外に思えた。そんな鬼道の心中を察してか、風丸は「いや、俺が怖いだけだから、誰かにやってもらえれば助かるんだ」と空いているほうの手をひらひらと振る。

「…だからかな。何となく、髪も切れない」
鬼道はちらと風丸の蒼い髪に目をやる。逆光で輪郭がきらきらと反射しているそれは、やはり美しかった。切れないのではなく切らないのだろうと勝手に思っていただけに、鬼道の中に靄のような感情が広がる。それを言葉にするのは容易いことだったが、するべきはでないだろうと思ったので、口は開かなかった。俺も丸くなったものだ、と鬼道は内心で苦笑する。
ぱちん。風丸の細長い爪が、短く切り揃えられていく。




脆弱 /100412
(title:joy)

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