低く呻くような声が聞こえて目が覚めた。寝息に混じるそれは、いわゆる寝言というものだろう。それにしても辛そうな声だ、と立向居はその瞼をそっと持ち上げた。今夜は男子が眠るキャラバンの中を、視線だけでぐるりと見回す。どうやら、目が覚めているのは自分だけであるらしい。最後尾の座席の端という視界が狭い位置ではあったが、微かな寝息、豪快な鼾、密着している寝袋の衣擦れの音、そんなものしか聞こえてこない上に、気配も感じない。再び目を閉じようとした、その瞬間に、先程と同じ呻き声が聞こえた。それも、極めて近いところから。はっとした立向居は、慌てて左隣を見る。そこには綱海がいた。声も、そちらから聞こえた。二人とも座った姿勢で寝ていたため、立向居はそっと上体を動かし、綱海の顔を覗き込む。その眉間には、たしかな皺が寄っていた。窓から差し込む月明かりが、額や頬に浮かぶ脂汗を照らしている。どこからどう見ても、彼はうなされていた。
(綱海さん…、どうしよう、)
そう思うその瞬間にも、綱海は苦しそうに息を漏らす。夜中であったからどんな行動も憚れる気がして、じわじわと焦りだけが募る。うなされているのだから起こしてあげたいが、声を出せば誰かしら目が覚めてしまうだろう。そしてそういう騒ぎにしてしまうのは綱海本人が嫌がるだろうと、立向居が綱海を想っているからこそ、瞬時に判断できてしまったのだ。どうしよう、再びその言葉が過ぎったとき、綱海の体が微かにだが震えた。あがる呻き声。
気付けば、立向居は綱海の腕を掴んでいた。右手を取り、自分の左手でしっかりと握った。あたたかな体温を感じながら、綱海さん、と心の中で呼び続けた。

瞬きもせずに、綱海のことを見ていたかもしれない。ものの数秒だったかもしれないが、立向居にとっては何十分も経ったように感じていたその時、繋げていた手に力が込められた。ゆっくりと、瞼の下から漆黒が現れる。いつの間にか眉間の皺は消えていた。
「………たち、むかい、?」
「綱海さん、」
覚束ない発音で名を呼ばれ、思わず安堵の溜息が漏れる。呼吸をすることがひどく久しぶりな気がした。大丈夫ですか、と努めて声を抑えて問うと、曖昧な返事を返された。まだ夢現なのだろう。年上であるはずの彼がなんだか幼く見えて、内心で吹き出すと、綱海の視線が下に動くのが見えた。
「これ、」
綱海の右手が持ち上げられる。繋げた手をじっと眺める綱海につられて、立向居もそれを見つめる。だが綱海の心境を考えて、途端に恥ずかしくなった。ただ寝ていて目が覚めると、隣に座る後輩に手を握られていたのだ。これは相当反応に困るだろう。慌ててその手を離そうとすると、
「だからかあ」
綱海が、ふにゃりと微笑んだのだ。どきりと高鳴る胸を抑えて、「なにが、ですか?」と疑問を口にする。
「俺、一度だけ海で溺れたことあるんだ。たまにその夢見ちまって、いつも死にそうになるんだけどよ、」
述べられるのは物騒な言葉だったが、綱海は幸せそうに、いつもの太陽のような笑顔を見せた。

「お前が助けに来てくれたんだ、立向居」


お前がいてくれて良かった、俺、と半端に言葉を紡いで、綱海は再び、その意識を眠りに落としてしまった。
その寝顔はもううなされることはなさそうだと思えたので、立向居も再び眠ることにした。このまま眠ったら、俺の夢にも綱海さんが出てきてくれるだろうか。淡い希望を抱いて、端子のようにしっかりと繋げられた手に力を込めた。


ドリームターミナル
(発着場は握ったその手)

/100406
title:ゴズ

「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -