※報われない











彼はやさしく、そしてうつくしく微笑んだ。この笑い方を、俺は知っている。それが持つ意味も、それが俺に何を語りかけているのかも。
「なんで、ですか」
我ながらみっともないなとは思ったが、声も指先すらもかたかたと震えていた。縋り付くように綱海さんの腕を掴んで、ぎゅうと力を込める。結構な力が入ってしまってはっとするのだけれど、綱海さんは痛がることも顔をしかめることもせず、むしろ反応が一切ないことが、逆に怖かった。彼の頭の中ではきっと今、あらゆる言葉が様々な言い回しで浮かび上がっているのだろう。次に発するべき言葉を探しているのだ。本能のまま動くようなところがある彼が、言葉で悩むという事実。嫌でもその正体が何であるか想像できてしまって、また怖かった。けれどそれを聞くまでは納得できない自分もいて、ふたつの感情が心の中でせめぎあい、ひどい状態になっている。意識をしっかり保っていないと倒れそうで、だというのに、綱海さんはゆっくりと口を開くのだ。こちらは何の準備もできないままで、綱海さんはとうとうと話しはじめた。
「お前、円堂のこと好きだろ?」
「へ」
思わず変な声が出てしまった。何故この状況で、円堂さんの名前が出てくるのだ。予想外すぎて綱海さんの真意が分からなかったが、無言でじっとこちらを見ている様子からするに、彼は今の問いかけに対する返答を待っている。仕方なく、というと失礼だが、好きだというのは事実だったので「はい」と頷いた。サッカー部の先輩として、ゴールキーパーとして、最も尊敬できるのは間違いなく円堂さんだ。けれど、それは。
「でも綱海さん、おれは、」
「わかってるって。な、立向居、そういうふうにさ、『好き』にも色んな種類があんだろ?」
ああ。
何となく、分かってしまった。このあとに続くであろう言葉のイメージが、できてしまった。
「一緒にいて落ち着くとか、とにかく傍にいてくれればいいとか、さ」
まさしく俺が、彼に抱いている感情だった。憧れという、違う世界を追うものではなくて、むしろ隣に在りたい、近しい好意。それが、俺にとっての『好き』だった。綱海さん、だった。
「俺にとって、そういうのは、海しかねえんだ」
瓦解の音がする。当たってほしいときに当たらない勘もとい予想が、こんなときだけ、当たってしまうのだ。

「お前にとっての俺が、俺にとっての海なのかもしれねえな」

無理だ、と思ってしまった。彼の、海そのものに対する愛は、すこし次元がずれるものだと思っていたからだ。そうでないのなら、そんな偉大すぎる存在に敵うはずがないのだ。
「ごめんな、立向居、」
ごめんな。もう一度言って、綱海さんは目を逸らした。堪え切れず俯くと、綱海さんはやさしく俺の頭を抱き込んで、そのまま撫でてくれた。そのやさしさがとにかく辛くて、声は全く出ないのに涙が流れた。いっそのこと、こんな感情をあなたに伝えてしまった俺を、その海に葬ってはくれないだろうか。ああでも、こんな浅ましい俺が沈んだら海に悪いな。そんなことを考えていたら、涙がいつの間にか頬を伝って唇を湿らせていた。それがひどく塩辛く感じて、自分ではどうしようもないくらいにぼろぼろと涙が溢れた。


弔いの海
(でも、俺はあなたのことが大好きなんです。綱海さん。)

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