かくん、と膝から力が抜けた。崩れる体に、高い所から落ちた時のような、エレベーターが階下へ向かう時のような、一瞬の浮遊感がしてひやりと背筋が冷える。けれどそれは本当に一瞬で、素早く伸びてきた豪炎寺の腕によって俺の体は支えられたのだった。腰に回された手に、流れるように自然に抱きしめられる。そしてそのまま、豪炎寺の部屋の柔らかいカーペットの上に腰を下ろした。
「………大丈夫か?」
「…〜〜っ、大丈夫じゃない!」
もともと負けず嫌いであった自分の気質が、どこか釈然としない感情を訴えていた。だからわざとそんな風に返事をするし、先程までしつこいくらいに重ねていた唇をぐいと拭ってみせる。キッと眉を吊り上げて上目で豪炎寺を睨んだ、つもりだったのだが、豪炎寺は何故か柔らかく微笑んだ。何笑ってるんだよ、と言うよりも先に「誘ってるようにしか見えない」と頬を撫でられた。いつもこうだ。顔だってすぐに真っ赤になってしまうし、たまには優位に立ってやろうとしても、気付けば俺のほうが一杯一杯になっている。豪炎寺だから仕方ないと思う自分と、同じ男なのに悔しいと思う自分が存在するのである。

「…………何でそんな…余裕なんだよ…」
「…、俺がか?」
「そうだよ! き、キスだって、上手いし…っ、何で」
口をついて出た、嫉妬にしか聞こえない幼稚な言葉を遮るように、再び唇を覆われた。さっきみたいに、じんわりと侵略してくる長いものではなくて、とにかく強くて激しいものだった。半ば強引に舌を吸われて、体全体がびりびりと痺れる。
「っ、んんッ、ん、ぅ……!」
弛緩しきった口周りに、飲み込みきれない唾液が伝う。たまに緩む隙をついて酸素を取り込もうとしても、そんなの間に合わないくらい俺には余裕が無かった。苦しい、ときつく眉根を寄せていることに気付いたのか、豪炎寺の唇はあっさりと離れていった。
「…ッは、はぁ…っ、な、何…!」
「風丸」
豪炎寺から真剣さを伴った声が発せられるのと、俺の体が強く抱きしめられるのは同時だった。耳に触れる豪炎寺の息がこそばゆかったけれど、とりあえず豪炎寺の肩に頭を預けて呼吸を整えることにした。くらくらする頭に、豪炎寺の声が浸透してくる。
「……キスなんか、したことなかった」
「え」
「風丸が初めてだ。全部、」
「えっ、う、嘘だ」
「嘘じゃない」
じゃなきゃあんな上手いわけない!とは一瞬の思考の末、恥ずかしさが勝って声にはならなかった。豪炎寺のことだ、女子からの人気も昔から相当だったのだろう。色恋に現を抜かす性格でもないが、彼のこの余裕さはそれなりに積まれた経験からくるものなのだろうな、とぼんやり思っていた(そう考えるのも恋人として複雑ではあったが)。それなのに。
「ここまで誰かを好きになったのも、な」
「………っ!」
聞き流すには恥ずかしすぎる言葉をさらりと言ってのける豪炎寺はやはり恐ろしいと思う。嬉しさは確かにあったが、照れくささやら困惑やらで脳がぐるぐると混乱しきっている。そんな思考すら打ち止めるように、豪炎寺は俺をそっと押し倒した。「余裕なんか、ないんだ」そう告げる豪炎寺の声は微かだが熱を伴っている。無意識にどきりと心臓が跳ねた。
「今だって、このまま風丸を抱きたいと思ってる」
直接的に言葉で知らされるのは初めてだった。けれど豪炎寺は、それを抑えてくれていたのだ。おそらく、俺のことを、想って。ぎらぎらと欲情を灯す瞳にそうじっと見つめられたら、絆されてしまうのはいつだって俺なのに。体を繋げることで感じる愛情とはまた別の、もっと深い、豪炎寺らしさが滲む感情に触れた気がした。

風丸、と呼ぶ声に返事をするように、豪炎寺の頬を引き寄せて啄むようなキスをする。
「…いつも、ずるいんだよ…お前は」
ごまかす訳でもその場しのぎで言っている訳でもない、豪炎寺の本心を聞くだけで、豪炎寺の声で好きだと囁かれるだけで、やはり自分はこんなにも蕩けそうになってしまう。
「俺だって、されたく、なっちゃうだろ……」
「風丸、」
恥ずかしくて顔を背けたら、そうはさせないとでも言うように唇を奪われた。ほら、やっぱり、豪炎寺も余裕がないなんて嘘だと思う。けれど豪炎寺から与えられる熱がただひたすら気持ち良くて、もういいか、とも思った。とりあえず豪炎寺のキスに応えたいな、と、首に腕を回しながらそっと瞳を閉じる。愛しさを込めて触れてくれる豪炎寺を、ただひたすら享受しながら。




心に直に愛撫して /100325
(title:彗星03号

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