夢を見た。 濃いグレーに近い辺りの色、壁も天井も床すら無い、何も無い世界。俺と豪炎寺だけが、存在していた。そして何故か俺は、涙を流しているのだった。 「豪炎寺、なあ、頼むから」 ぺたんと座り込んだ俺を、豪炎寺が上から見下ろしている。その目は冷ややかな蔑むような色をしていそうで怖くて、顔を上げられない。 「おれ、お前がいなくなったら、」 瞬きすると、俺の涙が豪炎寺の靴に落ちた。足元に縋りついている様は我ながらみっともない。 (あれは俺の本心であったのだ。彼を動かすのは彼であり俺の気持ちではない。彼に鬱陶しいと思われたくない、捨てられたくないとそればかり気にする外面の俺は、去ろうとする彼を引き止めることはできない。自分のわがままを彼に押し付ける俺は、俺の本心は、あんなにも無様だ。) 「風丸」 恐ろしいまでに優しい豪炎寺の声が、俺の名前を呼んだ。反射的に顔を上げると、そこには同じように優しい笑みをたたえた豪炎寺の表情があって。 「お前には俺だけなんだろ?」 知ってるさ。だから俺はどこにも行きはしない。 「こんなにも弱いお前を捨てはしない」 そう言ってしゃがみ込んだ豪炎寺は、俺の体をゆるく抱き込むのだった。 (負けず嫌いであるはずの俺が、ああもはっきりと弱者呼ばわりされて悔しくないはずが無かった。彼はこんなことを言うだろうか、これは本当に彼なのだろうか。疑惑がよぎるけれど、それも一瞬だった。この弱さが彼を引き止めている、その事実に気付いてしまった。矛盾し混乱し、濁っていく思考はもはや、彼の体温を直接に感じられる喜びしか捉えていなかった。) 「豪炎寺…」 「ひどい顔だな」 目元をぐいと拭う豪炎寺があたたかく笑うから、声にまで縋るような響きを伴ってしまったのもどうでもよくなった。涙でぐしゃぐしゃの顔は、自分でもよく分からない感情が複雑に入り交じった本当にひどい表情だったと思う。豪炎寺がここにいるなら、豪炎寺が笑いかけてくれるなら。自分自身のことなど、何も構いやしなかったのだ。 豪炎寺が俺を、愛していてくれるのなら。 (だが彼は一度も、その言葉を口にはしていなかった。彼を引き止めた喜びに支配されていた俺は気付かなかったけれど。それでも俺は、) (彼を愛することでしか、自分を救えなかったのだ。) 瞼が腫れ上がっているのだと、鏡を見てやっと気付いた。それに加えて、目尻の朱と頬に伝う痕。 俺は、あの夢を見て、泣いたようだった。 瞼の重さで目が覚めた /091228 (title:落日) |