触れたい、と思うようになったのはいつからであったか。それを忘れてしまえるほど、彼に惹かれているだけの時間は気が遠くなるような長さだった。二千年もの時を超えても、むしろその思いは一層強くあった。叶わぬ願いと分かっていてもこの強欲な魂は、いつかは叶うのではないかと淡いにも程がある希望を見て、その身を焦がしてゆくのだ。 彼は変わらず、記憶がないのだ、と言う。だが今回ばかりは、たった一点においてだが異なるものがあった。それは、物語の舞台だ。この輪廻は混沌と秩序の、深淵なる争いの中にあった。異なる思考、異なる言葉。淡かった希望は徐々に鮮やかさを放ち始め、私は、自らの欲にのまれていった。これは異説である。繰り返されるあらゆることすべてを、今までのように準える必要は絶対ではないのだ。ならば、彼に触れられるのではないか。彼が私の事を見てくれるのではないか───。 自惚れが、己を突き動かした。 「ライト」 名を呼ぶ。振り返る時、がちゃり、と重々しく鎧が擦れる音がする。その瞳は殺気を痛いほどに放ち、右手に握った剣の切っ先はこちらを向いている。だがそれらは、私にとっては取るに足らぬ行動であった。おかしな話だが、私にはもう彼に対する殺気など存在していなかったのである。ゆっくりと間合いを詰め、腕を伸ばした。 ちり、と音がした気がした。彼の頬に触れた瞬間であった。 「――――!」 微かに緩やかだったと思っていた警戒が、途端に色濃くなる。ザザッと地を蹴って間合いをとったライトが、吐き捨てるように呟いた。 「わたしに、触れるな」 分かっていた。分かっていたはずであった。一体いつから、自惚れを事実だと思い込み、現実へとすり替えてしまったのか。拳を握っても、肩を掴んでも、己の体温は感じ取れなかった。当然だ、己の体は全身冷たい甲冑に包まれているのだから。則ち、彼の体温も、鎧を外さなければ感じることは出来ない。だと言うのに、一瞬だけ彼の頬に触れた指先は、じんじんと熱を持っていた。まるで火傷のように、熱く、痛んだ。 自惚れた温度 /100124 (title:馬鹿) 敵わない。叶わない。 |