「初詣行こう」 珍しく台所を手伝いに来たと思ったら、潤也はどうやらそれを提案したかったらしい。年越蕎麦を食べ終えた食器を戸棚へ仕舞いながら、何だいきなり、と半ば呆れつつ返事をする。 「もう年も明けたしさ。お参り行こうよ、兄貴」 つけっぱなしのテレビでは、カウントダウンを終えた出演者たちがテンション高く次の企画に移っている。いつも静かに年を越し静かに元旦を過ごしているし、たまには外へ出るのもいいかもしれない、と思った。 「じゃあ、行くか。初詣」 猫田市のはずれにある、小さな神社へと歩いてやってきた。それなりに人混みはあったが、まだ疎らなものであった。 「ご縁がありますよーに。兄貴に」 「何だそれ」 賽銭箱に五円玉が二枚、放り込まれる。小銭が滑る音に、頭上の鈴が鳴らされてがらんがらんと重なった。ぱん、ぱん、と潤也の両手が乾いた音をたてる。 「今年もみんな健康でいられますように。あと、」 「潤也…ちょっと声大き」 「兄貴が、たくさん笑顔になりますように」 注意するつもりが、思わず潤也の方を見てしまった。かなり呆けた顔になっていたようで、潤也は「兄貴なにぼーっとしてんだよ」と吹き出した後で、俺の腕を引っ張る。待たせてしまった後ろの人達に軽く頭を下げて、列から抜けた。 「…何だよ、さっきの」 「だってさあ、兄貴って常に難しいこと考えてるだろ。俺、兄貴にはもっと楽しそうな顔してほしいよ」 境内の砂利を踏み締めて、前を歩く潤也の背中を見つめる。俺と潤也は、お互いがたった一人の家族であるし、自分もいつだって潤也のことは一番気にしている。けれど、先程のように言葉にされると、やはりむず痒いものがあった。 「俺も高校入るしさ。今年は楽しくなるよ、きっと」 「……そうかな、」 「そうだって。色んな人に会って、色んなことが起きて。兄貴も俺も、笑顔で過ごせたらいいよな」 そんな笑顔ばかりでもいられないだろ、というのは口には出さなかった。どうしても楽観的にはなれない自分の思考はきっと潤也も知っているし、潤也の願いも、叶わなくないかもしれないと思えたためだ。 (神様がいるとしたら、潤也は何となく好かれそうだしな) そんな選り好みする神もどうなんだ、と自分で苦笑する。けれど実際、潤也が祈ったなら現実になりそうだと思った。今年は本当に、色々なことが起こるかもしれない。そんな気がした。 拝啓、かみさま /100101 (title:クロエ) あまり明るい話にはなりませんでしたが 今年も宜しくお願いします |