キスに味があるってほんとかな。真顔で、むしろ深刻ともとれる表情でそんなことを言う潤也に、安藤は咄嗟に反応できずにいた。学校から出された宿題をこなすのも飽きたのだろう、隅のほうに落書きを飛ばしながら、兄貴知ってる?と視線を安藤のほうへ寄越す。これだから潤也はたちが悪い。中学生になって、少し背伸びしたい盛りなのだろうな、とこっそり考えた(安藤も同じ中学生であるが)。しかし考えたこともない事柄の答えを、安藤が知っている筈もなく。素直に、知ってる訳ないだろ、と言うことしかできなかった。潤也は納得したような表情ではなかったが、安藤も勉強をしている最中であったため、再び手元のノートへ視線を落とした。

「じゃあさ、試してみようよ。兄貴」

ノートへ、大きな影が重なる。両脇には潤也の手が置かれ、テーブルごしに身を乗り出してきたことが見なくても分かった。
何だよ、と安藤が顔を上げた時には、目の前に潤也の大きな瞳が迫っていた。

(え、)

ちゅ、と可愛らしい音が聞こえた。安藤は驚きのあまり目を閉じられないでいると、潤也の瞼がうすく開かれて、その瞳が安藤を見据えた。キスを、している。男同士で。それ以前に兄弟で。そんな思考がすべて羞恥に塗り潰されて、安藤は呼吸すら忘れた。
息苦しくなったのは恐らく同じタイミングで、安藤が身動ぎしたのを合図に、潤也が唇を離した。去り際に、ぺろり、と安藤のそれを舐めとる。

そして先程と同じように、正面の椅子に座り直したのだった。あまりに自然な一連の動作に加え、軽い酸欠。安藤の思考回路はうまく働かず、いまおれはなにをされたんだ、と考えてようやく、頭に血が昇ってきた。

「じゅっ、潤也、お前っ……!?」
「うーん、味とかよく分かんないけど」

安藤の言葉は、殆ど潤也と同時に発せられたタイミングの悪さと、彼の爽やかな笑顔によってかき消された。

「何かちょっと、ドキドキしたかも」


実の弟によって奪われたファーストキスは、背徳の味がした。





秘密ってどんな味かしら /091127
(title:レプリカ)

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