※死ネタ?注意
※捏造たっぷり









蝉が死んだ。

仕事に向かわせてから、いつになっても連絡が来なかった。様子を見に来てみればこのザマだ。事務所ひとつを潰さなければならなかったから、大方銃でも出されて、流れ弾にやられたか背後をとられたかのどちらかだろう。それでもこの大人数をひとりも逃さず始末できるのは、やはり蝉にしか成せない仕事ということか。逃げようとしたのだろう、ドアの外にはみ出た死体のうなじに、蝉のナイフが刺さっていた。(あいつ、こんなとこで一流でも死んだら意味ねえんだぞ)

俺はここ最近、蝉としか仕事をしていなかった。蝉がいなくなったら、俺はどうすればいいのだ。






「はっ、はっ、…はぁ…ッ!」

酸素が足りない。肺やら足やら頭やら色んな所が痛くて、もう限界だ、と路地裏に飛び込んだ。自分を追っていた連中を撒いたことに安堵すると、途端に足が崩れた。壁に背中を預けて、四肢を投げ出す。鉛のように重い手は、鉛を溜め込んだ鉄の塊を握っている。それと同じものに撃ち抜かれた両足からは、じわじわと血液が抜け出ていくのがわかる。それも、決して少なくない量が。まるでそれに比例するように、意識も徐々に朦朧としていった。

なんでだろうなあ、
素朴な疑問が浮かんで、誰にともなく投げかけながら天を仰いだ。ビルとビルの隙間から覗く狭い空は、ひどい曇天だった。
おまえがいなくなってからだ。俺の仕事も、俺自身も。色んなことが、うまくいかなくなっちまった。

仕事の斡旋とその事務に徹する前は、自分も殺しを『する』側だった。あまり向いていなかったこともあり、様々な紆余曲折を経て、今の形に落ち着いたのだ。蝉と出会ったのも、事務所としての仕事が軌道に乗り始めた頃だった。それからずっと上手くいっていたと言うのに。

(…………畜生)
畜生。畜生、ちくしょう!
どうしてこうなる。
俺にだって出来るはずだ。出来るはずなんだ!
あのガキに出来ていたことが、どうして俺に出来ないんだ。
生きるためには仕事をしなくてはならない。仕事を成功させるためには人を殺さなくてはならない。即ち、殺すということは、生きることだ。
それなのに!

俺には、人ひとり満足に殺せやしねえのか。
蝉は、どうやって仕事してたんだ。そう思って初めて、蝉がこなしてきた仕事の精度の高さと、蝉自身を放置していた時間の多さを知った。仮にも上司なら、手の内くらい聞くことができただろうに。

(駄目な上司だよなあ、)
もういないお前の面影をずるずると追っていることも。
こんな死ぬ間際にまで、お前がいればなあ、なんて思っていることも。


雲が少し晴れた気がした。
両足は血がなくなって痺れてきている。握り締めていた銃も、いつの間にか手から滑り落ちていた。
もしこのまま死んで、幽霊にでもなったとしたら。そして蝉に会うことができたら、笑われてしまうだろうか。
(なんだその格好、きったねえ!)
(俺にはさんざん偉そうなこと言っといて、殺しもできねえのかよてめえは)
(やっと分かったか。俺はもう一流の殺し屋なんだよ)



───ああ、

会いてえなあ。
あいつの声が、聞きたい。

急激に眠気に襲われた。瞳を閉ざす、その一瞬だけ、安堵に似た充足感に包まれながら、全身から力を抜いた。
次に目を開ける時は、唯一の部下であり相棒であるあいつの声で起こされたい。そんなことを思いながら、辺りは闇になった。





正しくは絶望 /091022
(title:たかい)

書き上げたのはワルツ読む前

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