依頼主がこんな少年だとは思わなかった。道を踏み外した政治家だの、邪魔になった部下だの、用済みの殺し屋だの、そんな人間達を殺して欲しいと頼んで来るのは、何時だって眼を濁らせた大人だったからだ。何か強い感情は秘めていそうだが、一見普通の高校生であるこの少年が、一体誰を殺したがっているというのか。そしてそれを自分に依頼できるだけの金も持っているのか。


「お金はこの口座にある分で足りると思うから。この部屋に来る人全員、やってくれ」
「……分かった」

ガラス張りの窓から、ボウリング場を眺めた。飛び降りはできないし、それなりに人数があるらしいので、ロープの下準備を始めたが、それをじっと眺めている依頼主が目についてしまう。少年が何をしていようがどうでもよかったが、こう見られていては気も散るし、あまり気分がよくなかった。

「そうやって結んでるんだ。手込んでるね、さすがに」
「…………ひとつ聞くが」
「なに?」
「……何故、私に依頼をしてきたんだ」
「何故…って、そりゃあ自殺をさせてほしい奴等がいるからだろ」
「私に依頼をしてくるのは…汚い大人ばかりだ。…お前のような若い奴に依頼を受けたのは、初めてだ」

そうなんだ、とあまり興味のないような反応だった。ソファの背もたれに腰をかけて、こちらへ笑顔を向けてくる少年は、やはり誰かを殺したがっている人間とは思えなかった。
「俺には兄貴がいてさ」
足をぶらぶらと揺らしながら、少年は話を始めた。相槌を打たなくても話し続けそうな雰囲気だったので、ロープへ再び目を向けた。慣れた手つきで結び目を作っていく。
「仇…とはあんま言いたくないけど。これは全部、兄貴のためにやってるんだ」
三本目のロープを作り終えた。輪にした部分とその上の結び目を持って、何度か引く。強度は問題なく、次のロープを取り出す。
「兄貴が果たせなかったことは、俺がやるって。そう決めたから」

「………だから、人を殺すのか」
「え?…うん、そうだよ」

こんな、この世界のことなど何も知らなさそうな若造が。
少年が、兄と何があったのかは分からない。自分が依頼を受けた人物とどういう関係なのかも分からない。だが、人を殺すということを楽しんでもいないし、怯えてもいない。間に自分のような殺し屋を挟むとはいえ、人の命に手を下すことを、単なる自分の役目として受け止めているようだった。高校生とは思えない、奇妙なほどに腹を据えている冷静さが、その少年の笑顔と矛盾していて、少なからず同情してしまう。
そして同時に、恐ろしい、とも感じた。
他人に無関心である自分に、これほどの思考をもたらしていることも。その年で殺しを受け入れていることも。心が壊れているように見えるが、芯がやたらとしっかりしているのも、その兄の代わりを果たすという決意のみで動いているためかもしれない。それを果たしてしまったら、この少年に残るものは。

(……憐れな)
考えても仕方ないことを考えさせられるくらい、鯨の隻眼には、この少年が不安定に見えた。


あ、時間だ、と徐に少年が呟いた。携帯を閉じる音がする。
「それじゃ、よろしくね。鯨さん」
去り際にふたたび挨拶をして、少年は部屋を出て行った。
この仕事が終われば、きっともう会うことはない人間だ。今までどおり、深追いは無用。そう分かっているのに、どうしても、あの少年のことが頭をよぎる。無関心を決め込むには、少年に関する不安因子が多すぎた。

殺し屋という職業柄、鯨にできるのは少年に対する同情のみだった。それと、自分に与えられた仕事を、確実にこなすこと。そう気付き、鯨は徐々に普段の自分のペースを取り戻し始める。
下準備を終えたロープを懐に仕舞い、入れ替わりに文庫本を取り出した。





同情と軽蔑を呑む /091006
(title:落日)

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