「鬼ごっこでもするかい、ジタン」 暇だねぇ、という発言の後にそういうことを提案する思考回路が、ジタンには理解できなかった。どっか行けと何度も言っているのに、またふよふよと近付いてくる。頭が痛くなった。 「でも、普通にやったらつまらないからなあ」 こちらの返事は関係ないらしい。クジャがやる気なら、それは実行される。気付かぬうちにクジャのペースになっている。 「…やるなんて言ってねーし」 「あ、そうだ。ヤキューケン風にしてみようか」 「………………は?」 巨大なクリスタルが空に浮かぶ空間。 大気を切り裂き、地を蹴り上げ走り回るのは、ジタンだった。その必死の形相に対して、クジャは楽しさを隠しきれない笑みを浮かべながら、優雅に後を追う。 「………もう…ッ、いい加減あきらめろよ!クジャ!」 「面白いことを言うねえ、ジタン。ほぉら、僕の胸に飛び込んでおいでよ」 追いかける者が鬼。追いかけられる者は、タッチされたら、服を一枚脱ぐというもの。ジタンとクジャが行なっているのは、そんな鬼ごっこだった。クジャがどこで野球拳など学んだのか知る由もないが、一度やろうと言い出したら制止の声など届くはずがない。仕方なく、ジタンは逃げ回っていた。クジャの前で肌を晒していくなんて、何をされるか分かったものではない。 「……ねえ、ジタン。知ってるかい」 ふと、クジャが空を舞うのをやめた。違和感を覚えたジタンが、それなりの距離をとった上で、立ち止まる。 「星って、動いているだろう?あれは、星のあいだにもきっと色々あって、追いかけっこをしているんだよ。今の僕らみたいにね」 「………はあ…?」 いきなり何を言い出すのだろうか。あまりに突拍子のない発言に、さすがにジタンも心配になってくる。 「でも、星は自分の居場所が決まっているから。絶対に、追いつくことはないんだよ」 力なく漂うクジャから、逃げなくてはという意思は自然と消えていた。むしろ、繋ぎ留めていてやらなくては、そのままどこかへいなくなってしまうのではないか。そんな錯覚すら感じさせた。 「どうして、僕たちは触れ合うことが出来るのに」 ふわ、とジタンとの距離を縮めていく。地に降りて、その白い腕を、伸ばした。 「逃げないでおくれよ。ジタン」 細い身体が、ジタンに抱きついた。 本当に身体が密着しているだけで、クジャの腕には全くと言っていいほど、力が込められていなかった。それが逆に、ジタンを不安にさせる。 「なあ、クジャ………」 「───じゃあ、まずは上着から」 するり。 手際よくスカーフと首元の留め具が外されて、上着の前を開かれた。 「きみが鬼だね、ジタン」 クジャはにっこりと笑って、ふたたび空中へと飛び立つ。 「な、ッなん…クジャお前……!!」 まず呆然として、ようやく怒りが訪れた。脱がされた上着はクジャの手の中だ。 あんな意味ありげな発言は、本当に鬼ごっこに対する意味しか含まれていなかったのか? とにかく今は、クジャを捕まえるしか、会話をする手段すらない。 今度は、ジタンが追う番だ。 クジャへ微かな殺気を差し向けつつ、再び地を蹴った。 駆け出したシリウス、追いかけるスピカ /091017 (title:落日) な、なんだろうこの話 |