傾いた太陽が室内に影を落としはじめた。決まった時間に外で鳴るチャイムの音が聞こえ、そこで豪炎寺は図書館に来てから初めて時計を見る。テスト期間で部活動が停止のため、たまにはと図書館で勉強をしていたのだが、これくらいが無難な気がした。集中できてそれなりに捗ったし、手を止めた所もきりが良かった。続きは家でやろう、豪炎寺は荷物をまとめ、その場をあとにする。
図書室の扉を閉め、廊下を歩き出したその時だった。見知った後ろ姿が見えた。
(夏未?)
彼女が出てきた部屋は理事長室だ。執務等を終え帰る所なのだろう、手早く戸締まりをした彼女はすたすたと曲がり角の向こうに消えてしまった。だが豪炎寺は見たのだった。理事長室の鍵をバッグのポケットから取り出した時、同じ場所に入った別のものを引っかけていたようで、何かが足元へ落ちたのだ。彼女は気付かず立ち去ってしまった。豪炎寺はそこへ近付き、その何かを拾い上げる。遠目に見てハンカチかと思ったが、それは小さな長方形のポーチだった。上品に輝く白のシンプルなデザインは彼女らしさを感じる。だがこれは人の、しかも女性の私物である。観察は一瞬だけに留め、彼女が歩いていった方向を見遣る。まだ追いつくところにいるはずなのだ、届けるべきだろう。豪炎寺は小走りで彼女の背中を追う。

「夏未!」
階段を降りたところで呼ぶと、ウェーブのかかった髪を優雅に揺らして彼女が振り返った。「豪炎寺くん?」少し驚いたような表情をしながら、彼女は立ち止まって豪炎寺が追いつくのを待っていた。横に立った豪炎寺は微かに上がった息を整えて、その手に持っていたものを差し出す。
「これ。さっき、落としたぞ」
「───!」
彼女は大きく目を見開き、悪い言い方だがひったくるようにして、豪炎寺の手からそのポーチを奪った。
「な、中、見てないでしょうね!?」
「当たり前だろ」
安心したように息を吐いた彼女は、そこでハッとしたようで、ばつが悪そうにこちらの表情を窺っていた。困ったように眉間に皺が寄っている。一瞬視線を逸らし、何か逡巡するような間の後、ハアと一つ溜め息をついた。
「……ごめんなさい。わざわざ届けてくれたのに、こんな……」
「ああ、別に。気にしてないさ。追いつけてよかった」
「…………その、ちょっと……体調が悪くて、苛々してしまってて。ありがとう豪炎寺くん、助かったわ」
いつもの堂々とした態度に慣れているせいか、若干しおらしいこの雰囲気は失礼ながら面食らってしまった。
「……帰るか」
豪炎寺は数メートル先にある昇降口へ目を向けた。彼女は毎日、自宅から車で迎えが来ている。「校門まで送ろう」

靴を履きかえて、人気の減った敷地内を並んで歩く。会話は無かった。互いが様々なことに思考を巡らせていたためだ。校門が近付く。別れが近付く。豪炎寺は横目で雷門を見る。体調が悪い、とは言っていたが、それだけではない、何か違う雰囲気を纏っているように見えた。豪炎寺は無意識に、隣を歩く彼女の手を取っていた。
「! ちょ、ちょっと!」
離そうとする手をぎゅうと握ると、困ったような瞳がこちらを見る。
「安心しないか。こうしてると」
「…………、……そ、そう、ね」
校門まであとたったの数歩だった。その数歩を、手を繋ぎ進んでいく。何のために彼女の手を握ったのか分からなかった。平生通りを『装っている』彼女にどんな言葉をかければ良いのかも、どんなことをしてやれるのかも分からない自分自身が、ただもどかしかっただけなのかもしれない。だがやはり豪炎寺はそうするしかなかった、と思う。真相を彼女自身に尋ねてはならぬと直感が告げているその意味も、彼は理解できていなかったのだが。

「ありがとう、豪炎寺くん。ここまででいいわ」
「そうか。……それじゃ、またな」
「ええ。また」

そして二人は別れ、それぞれの帰路につく。きっと彼女は明日には普段通りに戻っているだろう。ごく自然に、戻っているように見せるだろう。それがやはりもどかしい、と豪炎寺は無意識に感じている。ごく短い時間であったのに、彼女に触れていた己の手が物寂しい気がした。

25.プラチナの時
:110703


*豪夏で女の子の日ネタ リクエストありがとうございました

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