ふえええん、と子供の泣き声が聞こえた。鍋にかけていた火を止め振り返るのと、数人の子供が家の中に駆け込んでくるのは、ほぼ同時だった。
「アリシエ兄ちゃん、大変!」




「謝りなさい」
少年が二人。腕を組んで仁王立ちのアリシエの前で、正座をしながら居心地が悪そうに俯いている。片方はしゃくり上げながら涙を拭い、もう片方は言葉を発しそうで発さず、口をもごもごさせている。周りは数名の子供たちが取り囲み、事の流れを見守っていた。
「全く…少ない遊具なんだから、順番はきちんと守るんだ。さ、」
「………、…ごめん、なさい…」
素直に己の過ちを認めた事を褒めるように、アリシエはしゃがみ込んでその少年の頭をくしゃりと撫でた。そして、もう一人の少年の方を見る。
「お前も、泣くことはない。正しいことを言い返せるよう、強くなるんだ」
「…うん。ありがとう、アリシエ兄ちゃん…」
二人の少年の頭を撫でて。さあご飯が出来る頃だぞ、とその場にいた子供たちを促せば、皆仲良くはしゃぎながら、家の中へと戻っていく。

アリシエも後を追うように立ち上がると、先程泣いていた少年がまだ残っていたようで、腰に巻いた布の裾をきゅっと握られた。
「アリシエ兄ちゃんはすごいなあ。強くて、かっこいい」
「…そんな事はないさ。お前も大きくなれば、自然と身につくよ」
えへへ、とはにかんだ少年を見て、アリシエも笑った。裾を掴んでいた手を繋ぎ、先程飛び出した家へと引き返す。

「アリシエ兄ちゃんは泣いたこと、ないの?」
「…………泣いた、こと?」
思わず、立ち止まって少年の顔を見た。いたって普通の、いつもの表情で、本当に素朴な疑問として投げかけられたことがわかる。
「ないよねえ。アリシエ兄ちゃん、強いもんね!」
ぱ、と明るい笑顔が向けられる。
アリシエは切なげな表情を浮かべて、弱く笑った。

「………いや。僕にも、泣いたことくらいあるさ」
「えぇ!?」

少年の驚いた反応が期待通りで、面白くて吹き出してしまった。そうなの?と、続きを待っているように見える。
「一度だけだけどな」
「そうなんだ…」
皆の兄として慕われているアリシエにも、弱いところがあるのかと、失望されただろうか。けれど少年の表情にそのような色はなく、逆に珍しい一面を知ることが出来たのが嬉しいようで、繋いだ手にゆるく力が込められた。言わなくてもいいことだとは思ったが、少しためらったあとで、アリシエは口を開いた。

「大切な友達が、遠くへ行ってしまった時だ」

少年が、再びこちらを見上げている。泣いてしまうこともあるが、聡いこの少年は、まずいことを聞いてしまったかと慌てているかもしれない。
「でも」
今度はアリシエが、繋いだ手に力を込めた。
「またいつか、会えると信じてるんだ。だから、」
少年の頭を撫でる。柔らかい髪の毛が、くしゃりと揺れた。
「その時は、嬉しくて、また泣いてしまうかもしれないな」

にこりと笑いかける。ぐしゃぐしゃと髪を掻き回せば、少年が驚いてアリシエの手をどけようともがいている。ふふ、と微笑みながら再び手を握り、「ほら、ご飯が冷めるぞ!」とその手を引っ張って走り出せば、少年も楽しげに後を追った。




誰がために君は泣く /090831
(title:zappy)

5、6年くらい経ってそう
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