「きみはいつも高いところにいるね」 レンガの積み重なる塀に腰掛けて、切れ長でくっきりとした二重の瞳はどこか遠くを見ている。もともと澄んだブルーのそれは、高く広がる空をうつしていっそう美しくみえた。その瞳にぼくをうつしてほしくて、ぼくのことだけをみてほしくて、けれどぼくのことなんか目もくれないきみが、ぼくはとても好きだった。 「あなたと同じところに足をつきたくないのよ」 「おや、心外だ。ぼくは清潔さには気を遣っているよ、むろん、靴の裏にだって」 ふん、と鼻から息をもらした彼女が、微かに眉をしかめる。そんな動作ですらサマになるのだから、美人というのはほんとうに罪だ。「きみはぼくのことが嫌いなんだろう」「でもきみは、ぼくがきみのそのつれないところが好きだということも知っている」「わかるかい?」そこで息つぎをしてから、ゆっくりと両手を広げてみせた。 「きみがぼくを嫌うほど、ぼくはきみを好きになっていくんだよ。わかっているんだろう?」 きみがぼくを嫌がっているその態度こそが、ぼくに好かれたいという行為と同義なんだよ。 にこ、とわざと嫌みっぽく微笑んでみせる。ちらりときみの瞳がぼくを見る、ああ、やっぱり、美しいな、きみは。ぞくぞくする。 「───なら、」 すうとその瞳が細められて、桃色に色づいた唇がやわらかく弧を描き、 「愛してるわ」 美しさで人が殺せたならどんな者も一瞬で死んでしまうだろうと思えるほど、圧倒的な美貌を惜し気もなくさらす笑顔で、きみはぼくのことを見つめてみせた。 「こう言えば、あなたはわたしを嫌ってくれるのかしら?」 勝ち誇ったような表情で、ほっそりとした足を組み直す彼女から目が離せない。思わず身震いしてしまったのを悟られぬよう、努めて平静に、温和に、 「……わかってないなあ」 そう告げながら、小高い位置にいる彼女に、触れる。手をとり、腰を抱え、体ごと彼女を掬い上げてしまえば。彼女の瞳を、至極近距離でぼくの視線にとらえてしまえば。(きみはもう、ぼくから逃れられやしないってことだよ) 2011/02/22 |