校庭で練習中の野球部の号令をBGMに、向かいに座る光はその細い指に赤いシャーペンを絡め、休むことなく文字を書き連ねる。規定の用紙はどんどん文字を乗せていき、完成へと近づく。慌ててわたしも目の前の英語の参考書へと視線を移し、シャーペンをぎゅっと握り直した。

「ほんま集中力ないな」

呆れたような声に顔を上げると、光は予想通りの呆れたような顔をして頬杖をついていた。

「英語飽きた」
「でけへんだけやろ」
「光ぅ、教えて」
「なまえ理解力あらへんから教えとってイライラすんねん」
「そこをなんとか!」
「嫌や」

口ではそんなことを言いつつ、わたしのノートに目線を寄越してくれる光は顔に似合わずお人好しである。2割程度しか埋まっていないノートを見てげんなりしても整っている顔が憎たらしい。

「光」

窓から差し込む赤が明るくて、それを背負う光は対比的に暗くなる。古びた机を介している距離は詰まることも離れることもなく、わたしの心に哀感を流し込む。

「とりあえず、やるしかないんとちゃう」
「…え?」
「悩む暇あるんなら、ええ加減不定詞覚え直しや」

そう言ってまたシャーペンを持ち直した光は、残り僅かの作文用紙の空欄を文字ですらすら埋めていく。
ああ、わたしの考えや気持ちを理解した上で、適切な答えをくれたんだなあ。わたしがうじうじ悩んでいたって結局萎えてしまって頑張れなくなるって知ってて、わたしを励ましてくれたんだ。

「もう来週やな、光」
「せやで」
「終わったら、英語教えてね」
「なまえが落ちたらシャレにならんしな」
「ほんまその通りです」

眩しさの峠を越えた夕陽は徐々に明度を低めている。光はとうとうシャーペンの芯を戻し、用紙の上の消しカスを床へ飛ばした。「中学校生活で得たもの」なんていう安いテーマの課題作文は、光にとっては何も難しいことはないらしい。光が「中学校生活で得たもの」を本気で書こうものなら、きっと一日かけてもまだ足りないだろう。だからこういう作文はある程度の模範回答をなぞって書くのが正解なのだと言う。

「あ、」
「なんや」
「光、制服光ってんで」
「はあ?」

言葉の意味をそのままとったと思われる光は、あからさまに怪訝そうな顔をしてわたしを見た。

「ちゃうねん、光沢があるって意味。ほら、肘んとこ」
「…あー、ほんまや」
「これって摩擦が原因なんやて」

この上なく楽しくて充実していた中学校生活には、リミットがあるのだ。それが残り僅かであると知っているからこそ、わたしたちは精一杯過ごすことができるのだ。
部活に打ち込んだ輝くような日々は、もう戻って来ない過去になってしまった。けれどそこで立ち止まれるほど子どもではないのが、中学3年生という生き物なんだと思う。だって、やるしかないんだから。

「もうすぐ卒業やね」


2 美しく輝く。また、つやや光沢がある。


20130428
推薦入試に向けて作文練習する光くんと、一般入試で頑張るヒロイン


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