瓦落多 | ナノ



コートに出来る影がチカチカ光り、目が眩む時間帯。暑い暑いとばかり思っていたのに、短針が12を過ぎた頃から徐々に陽光が薄れ、景色は灰色ばみ、気づけば体の表面に冷たい水が滴っていた。

「ボール拾い」

即座に光が声を張る。1年生たちは籠を持ち、ボールを拾う2年生たちに走り寄る。仕事を終えた部員たちは徐々に自分の荷物からタオルを取り出し、体や髪から水気を拭っていく。
突然の雨に苛立ちを見せたり、涼しさに癒されたり、濡れて髪に笑ったり、部員の反応は様々。
ボールが悪くならないように皆で拭いていたところで、漸く雨に気づいたらしいポンコツ顧問が「今日は俺もやりたいことあるし、ボール拭き終わったら解散しよか」などと気まぐれに宣告した。まさかの展開での早上がりに俄かに色めきだす部員たちの声に、光の溜息は掻き消された。
手早くボール拭きを終わらせて、普段よりずっと早く今日の部活は終了した。しとしと降り続く雨に、傘を持ってきてない部員からは嘆きの声がこぼれる。

活気はあるのだ、けれど足りない。

「光」

左隣を歩く赤い折りたたみ傘に声を掛ける。光は傘を差すのが雑だ。傘下に上手く入りきらなかったラケットバックの表面が濃く変色している。

「なんや」

空間に溶け込んでしまった雨音は、知らず知らずにわたしの耳を制圧していた。光の声が、BGMのように遠く隔たって聞こえる。

「部長、なんやね」

怪訝そうに眉を顰めた顔が、口以上に物を言う。なんやねん、と言う顔だ。

「つらい?」
「別に」

元来愛想の悪い顔つきを更に険しくし、その鋭い目つきでわたしを睨めつける。光のこんな態度にも慣れてしまったから、何の問題も無いけれど。
互いに目線は進行方向のみを向いて、相手の表情は見ない。雨はわたしたちの間にも微かに降り注ぐ。傘を差していることで出来る距離も合間って、光が嫌に遠い。


20131212
こんな感じで光くんの部長になりたてのときの苦悩を書きたかったけど、自分の納得いく表現になりきれなかったからお蔵入り。
BGM♪夏蝉/AKG