小説log | ナノ
「今日はいっぱい買い物しましたね」
「そうっすねー」
何でもない人混みに、何でもない会話をする二人の男女。客観的に見たらそれだけなのに、わたしは上手く動けない。
「ところで、大丈夫っすか?」
「…え?」
「荷物っすよ!重そうっすから俺持ちますよ?」
「う、ううん!大丈夫ですよ!」
「遠慮しないでいいっすよ!」
ほら、そう言って半ば無理やりわたしの荷物(殆どは遊馬崎さんから勧められたマンガやラノベ)をわたしの手から奪い取る遊馬崎さん。みんなあんまり気づいてないけど、さりげなく紳士なんだよなあ。
そして何事も無かったかのようにアニメの話をしだす遊馬崎さん。わたしは二次元にはあまり詳しくないけれど、遊馬崎さんがあんまり楽しそうに話すから、わたしもそれに応えるために、たくさん相槌を打つ。
*
遊馬崎さんが好きだ。趣味にとことん熱中していたり、でも仲間のことを何より大事に思っている、厳しくて優しい遊馬崎さんが大好きだ。
知り合ってから一年ちょっと。同じクラスの紀田くんとたまたま一緒に帰っていたとき、初めて遊馬崎さんたちと対面した。独特の雰囲気を持っている面々の中で、遊馬崎さんの温かい笑顔に、知らない内に強く惹かれていた。
「なまえさー、もしかして遊馬崎さんのこと気に入ったりしちゃったりする?」
紀田くんの一言を時間をかけて理解したと同時に熱くなった顔。体は正直だなぁ、なんてセクハラ紛いの発言をする紀田くんは置いといて。
*
「なまえちゃん?」
「…へ、あ!ごめんなさい」
「もしかして、体調悪いんすか?何ならタクシー呼びますけど」
違うのに。本当は言わなきゃいけないことがあるのに。今日は何の為に狩沢さんたちに別行動してもらったと思ってるんだ、わたし!
「あ、タクシー」
「ま、待って!」
タクシーを呼び止めようとした遊馬崎さんの腕を掴むと、いつもの糸目が少し開いた。その目に寧ろこっちが驚きそうになるけど、怯まないようにわたしも見つめ返す。
「あ、あの!遊馬崎さんっ」
「はい、何っすか?」
遊馬崎さんの方を見上げると、いつものように優しく笑っていた。思いきり息を吸い込み、その言葉を吐き出す。
「あの!お、お誕生日、おめでとうございます!」
用意していたプレゼントを手渡し、全力失踪した後のように顔を真っ赤にしている私と、照れ笑いをする遊馬崎さん。ありがとう、と囁かれて頭を撫でられた。
「誕生日忘れられてるんじゃないかって、そわそわしてたんすよ」
「わ、忘れませんよ!」
「ふふ、なまえちゃん可愛いっすねえ」
「!かっ、からかわないでくださいよ」
今日の遊馬崎さんは私をどきどきさせてばっかりだ。期待しちゃダメだ、でも期待したいのが本音で。
「なまえちゃん、勘違いしてるっすよ」
「、へ?」
「俺、なまえちゃんが思ってる以上に、なまえちゃんのこと好き」
だから、今二人で居れてすごく幸せなんすよ。そんな爆弾発言をしてくれるから、私の顔はものすごい熱を帯びていく。何か言いたいのに、上手く出てこない。口を金魚のようにぱくぱくさせている私は、正にあほ面なんだろう。
「右手がお留守っすね、お嬢さん」
こそばゆくてふわふわとしたこの空気を肺いっぱいに吸い込むと、この瞬間だけは、精一杯可愛い女の子で居られる気がした。
同じ次元で愛し合うこと
2011.01.23