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“タイプ別!カレシの理想のカノジョ!”
駅の本屋の目立つところで、でかでかと表紙を踊る文字。なんとなく気まぐれで、名前も知らないその雑誌をレジまで運んだ。



先に断っておくけれど、別に光くんと上手く行ってないとか、そういうわけじゃない。年はひとつ離れてるけど対等な関係(だとわたしは思ってる)だし、基本的に冷たいけどその中にもちゃんと愛情は感じるし。

ベットに飛び込んで適当にパラパラ頁ををめくり、“タイプ別!カレシの理想のカノジョ!”の特集を探し出した。

「年下のカレシ、は…」

かわいい年下のカレシくんは、包容力のあるオトナなカノジョ像を描いているハズ!オシャレには気を遣って、かわいさと大人っぽさのコンボで攻めよう!

…ああ、読まなきゃ良かった。どうしよう、いや本当に。
包容力?いやいやわたしにそんなもの皆無!寧ろ常日頃わたしが光くんに迷惑かけちゃうばっかりで、光くんの方が基本的に大人だし!
オシャレに気を遣う…。いやそりゃあわたしなりに気を遣ってはいるよ?でも光くんの方が断然オシャレだもの。そういやわたし光くんに服褒められたこと無いや。

真新しかった雑誌も、気づけばその頁はぐしゃぐしゃ。そのままゴミ箱に放り込んでしまいたい衝動をなんとか抑えて、私は決意したのだ。

……

7月20日金曜日。本日は終業式であり、そして、

「送信、っと!」

大事な大事な光くんの、誕生日である。
0時丁度にメールを送信。学校で朝練の帰りに直接おめでとうを言う。今日は終業式なので午前中に帰れるから、その後光くんの家でお家デート。その際バッチリお化粧を決めて、買ったばかりの赤いハイヒールを履いて、人気のブランドのフリルの可愛いワンピースを着て、プレゼントを渡す、という完璧な予定。
光くん、びっくりするかな。わたし、"オトナなカノジョ"になれるかな。

………

朝練の帰りに直接おめでとうを言った。どうも、って照れたようにはにかんだ光くんはかっこいいのに可愛かった。(ちなみに朝練のときに部員からサプライズパーティが行われたらしい。光くんから甘い匂いがしたから、多分ケーキを食べたんだと思う。)
午前中で学校は終わり、光くんも今日は部活を休んで、わたしと久しぶりにデートをしてくれる。
バッチリお化粧を決めて、買ったばかりの赤いハイヒールを履いて、人気のブランドのフリルの可愛いワンピースを着て、プレゼントを渡す、完璧な予定、だったのに。

「もう、泣きそ」

お化粧なんてほぼ全くしたことなかったから、この特別な日に納得のいくようなメイクなんか出来る筈も無かった。ファンデーションは上手にのってくれないし、不器用だからアイライナーは目に付きそうですごく怖いし、チークや口紅は加減が分からなくて七五三みたいだし。試着室ではキラキラしていたワンピースも、今はただ哀れなわたしを置いてけぼりにさせるだけだ。
約束の時間は刻一刻と迫る。焦るにつれてじわりと滲む汗。そのあまりに救いようのないメイクで、じりじりと押し寄せる涙。いけない、ここで泣いたら余計に酷くなる。

時間ギリギリに家を飛び出した。買ったばかりの赤いハイヒールは想像以上に走り辛く、たかだか数メートルで私の足は悲鳴を上げた。ヒールも心も折れかけている。
それでも走るのは、早く光くんに会いたい、その一心から。

…………

心拍数が落ち着かないまま、インターホンを押した。数秒で扉は開かれ、中から顔を出した光くんは嘗てないくらいに目を見開いていた。

「なまえ、」

それだけ言うと光くんは私の手を強く取って、自分の部屋にわたしを連れ出し、そして部屋の扉を閉めた。掴まれた右手は赤くて痛くて熱くて、心拍数は上昇し続ける。

「光、くん」
「どないしたんや」

わたしの頭をその薄くて硬い胸の中に傾けさせた光くん。普段なら絶対しないしさせないだろうに。それくらい今のわたしはおかしい、ってことなんだろう。

「も、だめやぁ」
「うん」
「大人っぽく、なりたかってんけどなぁ」
「…なまえが?」
「うん…」

事の次第を、雑誌のことから全部話すと、光くんは色っぽく溜息を吐いた。でもそれはどこか穏やかな色を帯びていた。

「俺がもし包容力のあるオトナなカノジョを求めるなら、なまえのこと好きになるわけ無いやろ」
「ひ、酷っ!いや、そらそうやろうけど!」
「…一遍しか言わんからな」

耳許に唇を寄せてトーンを落として囁く光くん。これは本気モードの彼の真骨頂であり、わたしは未だに慣れずにまた背筋を震わす。その反応を見て、満足そうに力を強めて胸の中に押し込まれる。顔を上げられないで、光くんの顔が見えないくらい。(光くんがそれを目的としていることは知っている。)

「俺は年下やけど、そう感じさせへんくらい俺を自然で居させてくれるなまえやから、心ん中では、なまえんこと好きでよかった、て思うてんねん」

絶対口には出さんけどな、と小さく続けた光くん。
なに、それ、反則だよ。

「下手なメイクとかええわ。んな時間あるなら、早よ会いに来てくれた方がよっぽど嬉しい」
「ひ、か…」
「俺は、アホでドジで不器用で素直で目が離せないなまえが好きなんや」

その言葉で、完全に決壊してしまった涙腺が、ぼろぼろ大粒の雨を滑らせる。
光くんはそっと腕を解き、そのままわたしの肩へと手を落とした。そして私と少し距離を空けて向き合うようにして私の顔を見て、いつもの意地悪なそれに少し優しさをプラスした笑顔で、満足気に言う。

「自分のへったくそな魔法、溶けてもうたわ」

わたし目の辺りをその細い指で擦ると、指にはわたしがつけていたファンデーションが移ってキラキラと輝いた。
お返しに私は今日一番の笑顔を見せて、いつも通りに言ってみせる。

誕生日、おめでと



2012.07.20


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