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なまえ、と低く吐かれた声に不覚にもゾクリとした。当の本人はどこ吹く風で、後ろに結っているわたしの髪を加減無しに思い切り引っ張る。通常運転です。

「い、いだだだ!」
「何?五月蝿いよ」
「痛いんだって!」

彼、幸村精市には裏がある。学校内では基本的に人当たりが良く"優等生な彼"は偽物。そのキャラ付けにストレスが溜まるらしく、その反動か分からないけれど、幼馴染と言える立場であるわたしへの扱いが酷い。こっちが本物。
現に今、一人で購買に向かおうと思って教室を出た瞬間突然名前を呼ばれて、今に至る。

「てか、学校内では話しかけないって言ったの幸村くんじゃ…」
「ん?俺に話しかけられるのが嫌だって?いつから君はそんなに偉くなったのかなあ」
「誰もそんなこと言ってない!…それよりご用件は?」

私の頬をつねりながら、思い出したように話す。

「あっそうだった。三分以内に買ってきて、ミネラルウォーター。分かってると思うけど、いつも俺が飲んでるやつね」

は?と思わず零れた言葉を聞き逃さなかった目の前の男は、今度は前髪を引っ張ってきた。ちょ、抜ける抜ける!!

「何か不満でも?」
「滅相もないですっ!」

よろしい、にっこり笑って言い放った彼は満足気に手を離して、代わりに私の右手に120円丁度を押し付けた。
教室で待ってるから、なんて言葉を残して、傍若無人な奴は教室への帰路についていた。その背中をキッと睨みつけ、思いっきり舌を突き出してみた。寧ろ周りの視線の方が痛くて、相手の預かり知らぬところで私はまた負けていた。くそう。



ずっと前から、私の中で精市は特別だった。
多分、この胸中にあるのは恋愛感情だと思う。小さい頃から少し意地悪で優しい彼のことが、すき、なんだ。
でもいつからか、時は私たちを取り巻く環境を変えてしまった。同じ道を歩いているのに、同じ景色を見ることはない。いや、正確に言えば、私がそれを拒んだんだ。どんどん遠い存在になっていく彼と居るのと、自分が酷く惨めなものに感じてしまって、隣に並ぶのを諦めた。
2人一緒に大人になることを夢見ていた私は、こんな形で"大人"になることを望んでやしなかったのに。



そのまま購買まで行き、そこに備え付けてある自販機の前で立ち止まる。今更ながら、いつも飲んでるやつが分かっちゃう私って…。
そうして初めて溜め息をつく。何が悲しくて、すきな人の隣に並べないんだろう。自ら反対方向を歩かなくちゃいけないんだろう。
少し湿気って来た視界に喝を入れて、再び廊下と向き合う。…事は叶わなかった。三人の女子(あ、何処かで見たことあるような…)が私の進路を断つように立ち塞がった。

「みょうじ、なまえさんよね?」

リーダー格と思われる真ん中の子が言葉を発した。長いふわっとした女の子らしい髪は、今の雰囲気と滑稽なくらいギャップがある。

「はい、何か?」

なるべく感情を押し殺して応える。おかしなことに、恐怖は微塵も感じていない。(これも意図せず精市に訓練されてるのかもしれないなぁ…)

「さっき、幸村くんと何してたのぉ?」
「幼馴染なんだっけぇ?狡いなあ」

両端の二人が交互にしゃべる。間延びした声というのは人をこんなにもイラつかせるものなのか。狡い、か。少なくとも3対1でか弱い乙女を取り囲むような人たちに言われたくないなぁ。

「貴女たちが気にするようなことじゃないです」
「…っ!ふざけるのも大概にして!」

怒りを露わにして、ついに化けの皮が剥がれたリーダーの子は、その人形のような顔をカッと赤くして、大きな目で私を睨みつける。そして私に向かって一歩詰め寄る……と、目の前の三人の顔が急に青ざめた。え、?

「なに油売ってるの、なまえ。三分経ったんだけど」

気付けば後ろには事の元凶が居た。幸村くん、と掠れかけの声を出したリーダーの子はそのまま他の二人の方に向き直り逃げ出す。残された二人は私たちをちらっと見て、リーダーの子を追って走り出した。

「せ、いち…」
「あぁ、やっぱりわざと俺のこと名字で呼んでたの?」
「…あ、」

しまった!これからは幸村くんって呼ぶつもりだったのに、うっかり出てしまった。

「ご、ごめんなさい」
「何で謝るの?何に謝ってるの?」
「え?ご、ごめん」
「お前馬鹿だろ」

言い終わると同時に手首をがっしり掴まれ、廊下を早歩きで渡る。

「下僕の癖に主人に手をかけさせるなんて、まだ調教が必要みたいだね」
「や、勘弁して切実に!」
「これからはまた前みたいに精市って呼ぶこと。それ以外で呼ぶ度に……ふ、これは言わないでおこうかな」
「本当やめてください幸村く…あ、」

言われた側から!!!本当に馬鹿だろ自分!!
にっこりとそれはそれは綺麗な笑顔の精市の後ろに悪魔様が降臨なさっていた。

「言ったそばから…なまえマゾなの?」
「違っ!今のは不可抗力!」
「まあ、今のはおまけしてあげる」

ずんずん前を歩いていた精市が不意に止まる。そして強い力で私の腕を引き、程良く筋肉のついた胸板に私の顔を持って行く。紅く形の整ったその唇を私の耳元まで降ろして、悪魔のように甘く甘く言葉を囁いた。

「おいで」


砂糖漬けの毒をお飲み



2011.XX.XX


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