小説log | ナノ



*ユウジが担任の先生


今のわたしは最高に気が立っている。理由は、今日が日直なこと。更にはもう一人の日直である男子が仕事を何もせずに部活に行ってしまい、一人で空白が眩しいばかりの日誌を埋めていること。今日はさっさと家に帰って、ドラマの再放送を見るというわたしの予定は絶望的だ。
そして極めつけには、

「ついでに持ってったるから、さっさとせえや」

夕日が差す教室の中、担任と二人っきりなこと。

先生なんか嫌いだ。教師の癖に、言葉遣いが荒い。それなのに、みんなに信頼されている。女子の中には、密かに想いを寄せている子も少なくない。

「…先に行って下さい」
「鍵かけなあかんし、みょうじは一々行動とろいやろ。せやから見とく」

先生の言い分は確かにその通りだった。きっと一人だったら、最終下校時刻の放送が入るまで、ひたすらぼーっとしていたと思う。

先生なんか嫌いだ。他人の行動への観察力は人一倍鋭い癖に、鈍い。他人の感情には、あまり興味が無いみたいだ。

「あー、もうドラマ始まっとるわ」
「…今再放送やってるやつ?」
「は?あー、それや」

だから先生は、お笑い番組の次に、ドラマをよく見るらしい。生徒の気持ちを汲み取れる教師になりたいとのこと。

「あれはあんまおもろないな。恋愛ドラマは、もっとドロドロしたのがええ」

そのドラマは、二年前くらいに放送された、当時人気のキャストで固めた爽やかな青春恋愛モノ。ヒロインが幼馴染みと結ばれるオチが目に見えているから、先生が言うようにあまり面白くはない。でも、

「あの先生、報われませんでしたね」

そのクラスの担任の男教師は、ヒロインに生徒への感情をと一線を画した淡い恋心を抱いていた。でも教師だということ、ヒロインが幼馴染みを好きだということから、黙って身を引き、ヒロインの恋を応援することに決めた。

「あの教師なあ。アホやろ」
「先生に言われたくないと思います」
「うっさい、美術の成績下げるで」
「職権乱用です」

先生なんか嫌いだ。私の気持ちなんて知らないで、その大きな手で私の髪に触るから。私の気持ちなんて知らないで、見たことの無い控えめな笑顔を見せるから。

「俺やったら、あんなアホなことせえへんわ。大体教師なんて、そんな大層なもんとちゃうやろ」
「…先生らしからぬ発言ですね」
「ええんや、俺人気者やから」
「自意識過剰」

先生なんか嫌いだ。取り残された私の気持ちは、微温湯が冷めて行くような気持ち悪さを含んで、私の身体を上っていく。

「俺やったら、惚れさすまで絶対に諦めんわ」

そう言って、ぼんやり漂わせていた目線を唐突にこちらに遣った先生。目が、合ってしまった。思わず下を向いて、日誌を書こうとシャーペンを握る。

「逸らせると思ってんねや、へぇ」

突如近くから声が聞こえて、驚いて顔を上げると、先生の顔があった。逸らすことを許させない、そんな目をしている。

「な、に…」
「まだ気づいてへんフリか?自分の気持ち」
「は…?」
「好きやろ、俺が」
「ど、して…」

顔が熱い、頭が麻痺して、動けない。

「俺はあの教師みたいに、優しないんや」

餌を見つけた鷲のような、鋭い光を孕んだ目で私を見つめる。捉えられた私はもう、その視線だけで殺されそうだ。

「捕まえた」

そしてその餌を手に入れた先生は、貪るようにして唇を食べてしまったのだ。餌の方は、骨の髄まで染み込んだ感情の重さに溺れてしまった。

この場合、本当に阿呆なのはーー。


蝕物



2011.XX.XX


人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -