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*白石がホスト


高級感漂う滑らかなフローリングを、多数の目映い照明が照らしている。もう何回此処に来たのかも覚えてないけれど、この眩しさにはこれからも慣れることはなさそうだ。むせ返るようなアルコールの匂いと生花の匂いとが混ざるこの空間は、どうしても好きになれずにいる。なのにどうして通っているのかなんて、そんなことは聞かなくたって予想できるでしょ。
規則正しく毎週同じ時間に同じ人を指名していると、嫌でもこの空間に馴染んでくるものだ。もっとあの人に私を刻みたい、そんな想いと比例してめかしこんでいく私の姿は、さながら恋する乙女だ。もうそんな年でも、そんなに純情を気取れるほど綺麗な心を持ち合われている訳でもないけれど。

ヒールで高い音を立てながら、見慣れたボーイに手早く通してもらう。店に目をやり探すのは、一人の姿。
そっと私が指名した人物に視線を送ると、私が来たことに気づいたらしく、私の方を見た。ふわりと優しい笑い方をする彼は、美しい。この笑みが作り物だとしても、その事実は変わりない。
彼は付いていた女の子たちに謝りながら、私の方へ向かってきた。

「お待たせ、いつもおおきに」

そう言っていつものように私の右隣に座る。私もいつものように安めのボトルを一本頼んだ。

「蔵ノ介も、お疲れ様」

そしていつものように、このタイミングでボトルが来て、蔵ノ介が慣れた手つきで注ぎわける。それから乾杯をして、他愛も無い話をしながら、酒に弱い私が酔わないペースで呑む。

「せやなまえ、今日は何の日なんか分かる?」
「え、今日?」

何かあったっけ?と本気で考え出したら、時間切れー、と楽しそうな声が降ってきた。

「えー?わかんない」
「ふふ、今日はな…なまえが此処に来だして一周年やで!」

至極楽しそうに言う蔵ノ介と、呆気に取られる私。そっか、

「ええ、もうそんなに経つの?」
「せやで。ほんま早いなあ」
「本当、びっくり…」
「俺かてびっくりやわ。初めて来たときあんな不機嫌丸出しやったなまえが、俺の一番の常連になるなんて、夢にも思わんかったわ」
「私も。あの日はまさか自分が毎週通うようになるなんて、思いもしなかった」

蔵ノ介の口から出た"一番"という言葉。それに深い意味が無かったとしても素直に嬉しかった。

この店、そして蔵ノ介との出会いは、三流ラブストーリーでありがちな感じのものだった。
新入社員の私は、上司に言われてこの店に連れて来られた。上司がさっさと自分のお気に入りの子と呑みはじめ、こんな店に来たのは初めてだった私は、どうすればいいのか分からなかった。その時にやって来たボーイ(因みにさっき通してくれたボーイだ)に従い、とりあえず席に着いた。すると、当時新入りだった蔵ノ介が私に付いた。その時に蔵ノ介が見せた笑顔で、私の中の何かが弾けた音がした。
それ以来私は、現在進行形でここに通いつめていると言った具合だ。

「ま、その話は置いといて、俺からプレゼントがあるんや」
「え、本当!?」
「はい、そんな大層な物やないんやけど」

渡されたのは、小さめの細長い箱。この形は、

「ネックレス?」
「おん。なあ、今付けさしてくれん?」
「勿論、お願い」

箱から取り出し、下ろしていた私の髪を掻き分けて取り付けた。私の首元でピンクゴールドのハートが上品に輝きを放っていた。

「お、やっぱ似合うなあ」
「…すごい可愛い。ありがとう」

そう言うと、蔵ノ介は嬉しそうに笑った。そして満足気に話し始めた。

「先月アクセサリーショップに行ったとき、なまえこれ見よったやろ?せやから絶対これにしよ!って決めてん」

そう言った蔵ノ介に、私のさっきまでの高揚感は一瞬で冷めてしまった。私がこのネックレスを見ていた?…本気でそんなことを言っているのか。

私があの時見ていたのは、このネックレスなんかじゃなくて、その下にあったペアリングなのに。

それくらい、蔵ノ介なら分かる筈だ。…そうか、蔵ノ介は暗にペアリングなんて御免だ。イコール私との未来はありえない、そう言いたいのだろうか。
万一、本気でネックレス見ていたと勘違いしていたのだとしても、それはそれで悔しい。私のことをちっとも見てやしないということじゃないか。

そうとなれば、今着けられているこのネックレスは、私を繋ぎ止める首輪にしか思えなくなった。蔵ノ介からしたら、私はただの安定した金蔓でしかない、従順な"イヌ"程度の認識なのかもしれない。

ん、どうしたん?といつもの綺麗な顔で、固まってしまった私を覗き込む。その姿はとても愛しい筈なのに、今はその仕草すら憎く感じる。
何でも無い、と笑顔で言って、蔵ノ介の首に腕を回して抱きつく。そして蔵ノ介の耳に入るか入らないかくらいの大きさの声で、「嘘つき、」と言ってみせた。聞こえたのか聞こえてないのか分からないけど、蔵ノ介は何も反応しなかった。

ああ、それでも私はまた来週もいつもと同じ時間に同じ人を指名するのだろう。首輪に繋がれた私は、"孤独"という空腹を満たす為に、"愛"という餌に飛びつくのだ。それが偽物であると知っても尚。


瀕死の愛に
峰打ちばかりで




2011.XX.XX
※この小説の中には誤った知識があるかもしれません。ご了承下さい。


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