小説log | ナノ



いつも通りの時間に、いつも通り出勤してきた朝。私が勤める警視庁情報犯罪科の作業場に、数名の見知らぬ女の子の顔があった。
刑事さんのように目立つことはなく、キャリア組のように立場が強い訳でもなく、更には所謂"機械オタク"な人が多いこの情報犯罪科。客観的に見て、地味で暗い印象なのは仕方ない。なので、うちの科以外の人たちがこうやって私的に訪ねて来ることは珍しいことだ。

その数名の中心に居たのは、うちの科きっての期待のエース、匪口結也くん。弱冠19歳で警視庁に入った天才ハッカーであり、私の彼氏である。
女の子が結也くんを囲んでいる光景に、少なからず眉間に皺が寄っていくのが自分でも手に取るように分かったけれど、それをどうすることも出来なかった。作業場のドアに手をかけても、未だ開ける気持ちが起こらないまま、私は女の子たちの声に耳を遣った。

「匪口さん!今日お誕生日なんですよね!」
「うん、そうだけど」

………え?
その後のぽろぽろと続く会話はわたしの耳を通り抜け、私はただ、今の今まで知らなかった事実に唖然としていた。今日が、結也くんの、誕生日?
出て行く女の子たちとすれ違う。横目で見た彼女たちは、手ぶらだった。ということは、結也くんはプレゼントを受け取ったのだろう。いや、確かに女の子たちの気持ちを無下にすることは可哀想だから、それはいい、いいんだけど、

「結也くん!!」

バタンと勢いよくドアを開けると、中に居た皆が一斉に振り返る。若干の羞恥を感じながらも、今は結也くんに対するこの何とも言えないごちゃごちゃした想いが勝り、少しトーンを落として、ちょっと来て、と結也くんに告げた。結也くんは不思議そうな顔をしながらも、今の私が真剣なのを感じ取ってか、黙って付いてきてくれた。

////

人の少ない場所を探し、適当な所で立ち止まった。ごめんね、と小さく呟くと、いーよ、と平常通りのテンションで返してくれた。そういうところが結也くんらしくて、泣きたくなった。

「で、どうしたの?」

単刀直入にそう切り出される。自分の中でも考えが上手く纏まっていないから、どう言葉を選べばいいのか分からない。
ちらりと見上げると、不安の色を滲ませた表情の結也くんが居た。うん、黙ってても伝わらない。

「あの、さ」
「うん」
「その、今日誕生日なの!?」
「そーだけど」
「…結也くんの馬鹿ぁぁ!酷い!!」
「えええ、何で!?」

はち切れそうな涙の膜を揺らすわたしを、おろおろしながら抱きしめて背中を撫でて宥める結也くん。訳も分かってないくせに、兎に角必死なのが伝わって、少し可笑しい。

「何で教えてくれないの!わたしは結也くんの、か、彼女なのに…!」
「…あー、その、ごめん」

照れ臭そうに頭を掻いて、少し目を逸らした結也くん。そして心底申し訳なさ気に、言い訳聞いてくれる?、と問いかける。それに頭を小さく縦に振って返すと、結也くんは少しだけ表情を和らげて、じっくり言葉を選んで話しはじめた。

「俺さ、今まで真面に誕生日祝ってもらったこと無かったんだ」

親は廃人だったしね、苦笑いでそう続ける結也くんが悲しかった。私が泣いているのはとてもお門違いだ。それでも私は余計に涙が押し寄せてきた。
以前、軽いノリで話してくれた(と言うより、そうでないと話せない内容だったと思う)結也くんの過去は酷く凄惨で、それを思い返して、また悲しみの波が打ち寄せて、目には重たい雫が溢れんばかり。

「そ、か…」
「だから、誕生日がそんなに大事なもんだと思ってなかったんだ」

依然としてわたしを抱きしめている結也くんの腕、そこから少しの悲しさがわたしに伝ってきた。
どこまでも寂しかったんだ、きっと。それを打破する為にやった小さなことで、大きな存在を失った。悲しい、寂しいひと。

「結也くん」
「うん」
「生まれてきてくれて、ありがとう」

そう言って結也くんの背中にぎゅっと手を回すと、驚愕したように目を見開いたと思えば、少し照れたような笑顔を見せた。

「そんなの、初めて言われたよ」
「これからは、毎年言ってあげるから」
「…何なの、このむず痒い感じ」

わたしの肩を持って視線を絡ませる結也くんに、わたしはもう一回だけ甘い言葉を与えた。

「結也くんと出逢えて本当に良かったって、心から思ってるよ」

ハズいから止めて、口早にそう吐いた唇は、求めるようにしてわたしの唇と重ね合わせてしまった。


寂しさは甘美に溶かされ


2011.09.28
匪口の「匪」は本当は竹かんむりが付いてます。表示されなくて残念…。


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