小説log | ナノ



生きるのは、どうにも疲れることばっかりだ。ただどうしようもなく全てを投げ出したい、そんな気分になる。
でも実際は、そんなことが出来る度胸など持ち合わせてない。思っている"だけ"だ。そんなことを考える午前二時、窓の外はまだ暗い。

世間的には既に夏休みに突入している。でも私は塾の夏期講習で、勉強三昧の日々を過ごさなくちゃいけない。
どうせ明日も朝から塾に行って、美味しくもないコンビニのご飯を食べて、あらゆる人に苛々して…。そんな一日を過ごすのかと思うと、楽しみもへったくれもありゃしない。

あぁ、脳内の思考スイッチが入ってしまった。こうなるとやたら目は覚めていく一方で、眠気は益々遠のいていく。明日も朝は早いのになあ…。とりあえず目を閉じて、無心になる努力だけはしようと試みた途端に、携帯が着信を告げる。
こんな遅い時間に電話してくるなんて、どこの非常識だ。まあそんな人物は大体決まってくるけれど。携帯の表示画面で相手を確認して、想定の範囲内の人物だったことに納得して、通話ボタンを押した。

「やっぱ起きとったんか」
「もしもし?こんな時間に何の用?財前」

いつもより少し小さく、トーンを落として話す。この密かな感じも少し面白いかもなあ、なんて呑気なことを思いながら。もういいや、塾で寝てしまおう。

「チッ…やっぱ覚えてへんかったかドアホ」
「は、何のこと?」
「今日は何月何日や」
「えーと、7月の19?あ、日付変わったから20日か……あ、」

電話の先で小さく溜め息を吐いた光。すっかり頭から抜け落ちていた行事が一つ。既に二時間ちょい経過してしまったけど、

「お誕生日、おめでとうございます」
「どーも」
「…もう、ごめんて。そない拗ねんといて」
「拗ねてへんわアホ」

その声色からそのまま拗ねてるオーラが出てるんだけどなあ、そう思いながらも、仮にそれを言ったところで売り言葉に買い言葉になるのが目に見えているので、ここは私が口を噤んだ。うん、大人。

「なあ、今から出れるやろ」

その言葉は最早疑問形でなく断定的な意味合いが込められていた。というより、こんな時間に何をするつもりだろうか。

「何で?」
「暇やしちょい付き合ってもらおうかな思って」
「いやいや、そこは大人しゅう寝ようや」
「だって俺全然眠たないし」

みょうじだってそうやろ、と言われてしまえば、こちらも返す言葉がないんだけど。

「…どこ行くん?」
「せやな、海でええわ。人居らんし」

ほんなら今から家行くからちゃんと着替えとけや、という何とも自分勝手な捨て台詞を残して、光との2分弱の通話は終了した。
仕方ない、とにかく着替えるか。動きやすい方が得策かな、と考えれるくらいには頭は回っていた。思考スイッチはまだ切れてなかったらしい。
そうして小銭を持って、家族を起こさないように音を立てずに扉を開けた。視界が未だ暗い午前二時過ぎ、遠くで聞こえる車の音と耳鳴りしか聴覚が反応するものがない中で、一つの音が近づいてくる。自転車が軽快に地面を滑る音だ。

「…小学生かてもうちょい色気ある服着てくるやろ」
「あら、もしかして期待してた?」
「いや、これっぽっちも」
「ですよねー。あ、ちょい待ち」

そう言って私は、暗闇の中でも一際輝いている自販機へと走った。手を上下に大きく振って光を此方へ呼ぶと、光は気だるそうにチャリを漕いで私の後ろで止まった。

「どれがええ?」
「何でもええからはよ買えー」
「折角誕生日プレゼント買うてやる言いよんのになあ」
「チッ、随分安上がりやな。ならサイダー」

言われた通り150円のサイダーを買って、そのまま光へ手渡す。その場でプシュッと涼し気な音を立てたサイダーを一口飲み、するかと思いきや、開封せずにそのままサイダーを全力でシェイクしだした光。ま、まさか…!

ブシャアァ、私の顔目掛けて勢いよくサイダーは降り注いだ。財前は声こそ我慢しているが、腹を抱えて肩を震わせて爆笑している。この野郎!!

「ちょっ!何すんねん!!ちゅーか笑いすぎ!!」
「あー、みょうじ顔おもろ」
「喧嘩売ってん?ん?」
「貰ったんやから、何しようと俺の自由やろ」
「そういう問題ちゃうわ!あーもうベットベトやし」

目で"五月蝿い"と語りかける光は、ええから乗りや、と言ってチャリの荷台をぽんぽん叩いた。

「ベトベトなるで?」
「俺の自業自得やろ」
「それ自分で言うんや」

お言葉に甘えて荷台に乗り、ちょこっと手を回した。何か急に気恥ずかしくなってきた自分が非常に恥ずかしい。

「…カップルみたいや」
「ま、デートやし」
「え、これデートなん?」

しれっと爆弾発言をした光。私の質問には返事が無い。

「……ちゃんと掴んでへんと落っことすで」

急発進した自転車に本当に落っことされそうになったので、必要以上に強く後ろから抱きついてみた。
少し明るくなってきた気がする午前二時半過ぎ、財前の耳が仄かに赤くなっているのを想像しながら、黙って暗い景色を眺めていた。今日は塾なんて休んでしまおう。






2011.07.20


「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -