様子がおかしいなあ、と思ってた。ペースが早すぎるのにも気づいてた。けれどあの光さんが酷く辛そうに項垂れる姿なんて、わたしが想像できるはずもなかったということは声を大にして言いたい。

「光さん、ほんま大丈夫ですか?」
「うっさい」

口の悪さは通常運転だけど、その声量はいつもの半分以下。そして普段からおしゃべりではない光さんが、居酒屋を出てからは最早無口だ。光さんが、ふらつきながら辿り着いたレジで、わたしが財布を取り出したのを見つけた途端言い放った「仕舞え」のドスの利き具合が忘れられない。
駅近にも関わらず仄暗いこの夜道は湿度が満ち満ちていて、気怠い暑さがべったりと体に張り付いている。少しだけ足取りの重い光さんのペースに合わせてわたしが歩く日が来ようとは思いもしなかった。
そして自分がこんな状況になっても車道側を歩く光さんは、しっかりと狡い人である。

「今日はありがとうございました。おごちそうさまでした。」

目の前の古い造りの改札を通り過ぎてしまえば、あと4分でやって来る電車が、わたしを最寄り駅まで連れて行く。そこにはいつもの日常が広がっていて、光さんとふたりで飲んでいたという有難い現実は終了だ。

「気をつけて帰ってくださいね」
「誰に向かって言うてんねん」
「はい、すいません」
「ニヤニヤすんなアホ」

にやついているわたしとは対照的に、光さんの表情は険しい。そんなにきついのかな。いつもは面倒くさそうに酔い潰れた子の介抱をする側の光さんが。

少しの名残惜しさを残しながら軽くお辞儀をして、光さんに背を向ける。定期を取り出す為にバックの中に視線を落としていたのに、少し熱を帯びた手がわたしの左腕を掴んだ。体を捻った先には、視界の端に僅かな黒髪しか見えない。

「今日泊まってきや」

耳元で囁かれるその声は溶けそうなくらい熱い。
ああそうだ。この人は、しっかり狡い人だ。



20150428
bgm♪世田谷ラブストーリー/buck number


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