※逝去表現有り




拝啓
長らくご無沙汰いたしておりますが、いかがお過ごしでしょうか。甚く寝付きの悪いあなたも、彼方ではぐっすり眠れていることと思います。

先日ついに、あなたが居なくなってしまってから流れた時間が、あなたとわたしが恋人でいられた時間を追い越してしまいました。3年8ヶ月、この年月を衛士、あなたはどう思うのでしょうか。
わたしにとっての3年8ヶ月は、とても重く揺らぎの無いものでした。
けれども、あなたと過ごした日々たちを思い返す度に、それは光のように速く、眩しいものになっていくのです。大事に大事に胸の中に仕舞っていたいのに、その余りの眩しさから、わたしの中のあなたは生き急ぐようにして色褪せていきます。その感覚、それだけがわたしは酷く恐ろしいのです。

あなたが居なくなってからのわたしは、あなたの隣に居た頃のわたしとはきっと変わってしまったのでしょう。
あの日から暫くの間は、廃人宜しく必要最低限度の生活すらも出来なくなってしまって、時間だけを食い潰して生きていました。
そんなわたしを見たら、あなたは怒ったでしょう。そんなことは頭が割れそうになるほど何度も考えたけれど、それでも、あなたがわたしを怒ってくれることは"絶対に"無いという、この永遠に変わること無く高く聳え立つ事実が、日に日にわたしを蝕んで。不謹慎にも、このままわたしもあなたの所へ逝ってしまおうと、あの時は本気で考えていました。

そうして、気付けばわたしの視界いっぱいに、見覚えのないどこまでも白い天井が在りました。笛吹さんたちがそんな状態のわたしを見兼ねて、わたしを強引に入院させてくれたのです。今思うと、もしも彼等のその判断が無かったなら、遅かれ早かれわたしは家で一人孤独死をしていたと思います。
あなたの穴が空いて、しかもシックスへの対抗策を練らなきゃいけない忙殺されている笛吹さんや筑紫さんが、無理矢理にわたしなんかに時間を割いて、血縁者が居なかったあなたの遺産をわたしが相続出来るように、難しい手続きをしてくれていました。わたしには一言もそんなことを伝えずに。
他にも(きっと、現時点でわたしが知らないところでも)、たくさん手をかけてくださいました。日本の未来と一緒に、何も出来ないわたしの未来までも見据えていたあの人たちは、本当に笑っちゃうくらいお人好しです。それは衛士、あなたがよく知っているでしょう。

ああ、安心してください。わたしはそれから一ヶ月程で無事に退院しましたし、最近は以前の自分を取り戻しつつあります。大丈夫です。

あなたと初めて出会ったとき18歳の高校生だったわたしも、25歳になりました。あなたが好きだと言ってくれたすっぴんでは、もう外を歩けなくなりました。このまま過ごしていたら、気付かないほどあっという間にあなたと同じ年齢になってしまいそうです。
わたしたち、10歳も離れていたんですね。あなたが居なくなってその差をまじまじと見つめてみると、10歳というのは、あの頃わたしが感じて悩んでいた高さよりもずっと、途方もなく高く厚い壁だったように思うのです。

もしもあなたが平和に年老いていく未来があったとして。そうしたらわたしたちは、幸せな夫婦になれていたでしょうか。
こんなことを考えても仕方ないと分かってはいるけれど、この3年8ケ月、考えずには居られませんでした。

構想も下書きも無しに書いてきたものだから、書きたいことがたくさん出てきてしまいました。こんなに長々と書くつもりじゃあなかったのに。
これで最後にします。ここからが本題です。何故今になって、こんな手紙を書いているのか。

わたし、結婚します。笛吹さんたちの気遣いという名のお節介のおかげで、こんなわたしも嫁に行けるようになりました。
相手は、私と同じ年の新人の刑事さんで、笛吹さんたちの部下にあたるキャリア組のエリートな方です。半年ほど前から何度かデートをしましたが、とても優しくて気が利いて、思い遣りのある人です。あなたのことを話したら、今は俺は代わりでいいからゆっくりでも愛してほしい、なんて言っちゃう人なんです。優しすぎる人なんです。
わたしは、笛吹さんたちに恩返しの意味も少し含めて、会って三ヶ月で結婚を決めました。
明後日、彼の誕生日に、海の見える小さな教会で、あなた以外の人に永遠なんてものを誓います。
いつかあなたに話したけれど、ドレスは白のあんまり華美過ぎないもので、お色直しでは目を引く鮮やかな青いドレスに着替えて。みんなにとびきりの笑顔で迎えられて、わたしはそれに負けない"世界一幸せ"な笑顔で応えて。


でも、ね、こうやってあなたのことを思い返すと、今だってまた胸が焦げて感情を焼き殺してしまいたくなる。とうの昔に枯らしたと思い込んでた涙がどんどん溢れ出してくる。あなたへの愛しさが降り止まなくて、わたしの心は台風に踏み荒らされたみたいにぐちゃぐちゃだよ。
ねえ、衛士、わたしどうしたらいい?わたし、あなたの我儘が聞きたいよ。そうすれば私は、永遠に衛士だけのものになるのに。





これは31歳で肺癌によって死んだ或る女の手紙である。この手紙は女の死後、鍵のかかった引き出しの奥に仕舞ってあったのを笛吹が見つけた。終わりの方は文字が酷く滲んでいて真面に読める状態ではなかった。
女は、生涯一度も喫煙したことは無かったという。確かに女は長らく都会で生活していた為、大気汚染が原因だと言ってしまえばそれまでだが、ともすればそれは…。


20130720
笹塚さんお誕生日おめでとうございます。


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