※井尾谷とヒロインは広島の中でもド田舎に住んでる設定




わたしが通う広島呉南工業高校は、広島じゃそこそこ都会の方に位置している。そこから電車で40分間田舎へと向えば、わたしの地元だ。
小学校は勿論1学年1クラス、中学校は近隣の小学校3つが合併して成り立っている。周りにあるのは山と畑ばかりで、わたしが中2のときにやっとコンビニが出来た。あのとき中学生たちは何かと理由をつけてコンビニで買いたがったものだ。
そんな田舎から電車一本で行けるのだから、うちの中学から呉南高校に進学する人は少なくない。尤も工業高校だから男子が多いけれど。



今日のラストは体育でバスケだったのだけれど、その最中に足首を捻ってしまった。咄嗟に「大丈夫!」と言ってしまったものの、後からどんどん痛くなってきて、でももうすぐ授業も終わるから保健室に行くのも躊躇われ、結局痛みを我慢して帰宅することにした。

電車に揺られて40分、そこまでは良かった。けれど問題はそれからで、駅からわたしの家までは自転車で20分の距離があるのだ。まだ足は痛くて自転車を漕ぐ気にはなれないし、歩いて帰るのはもっと辛い。財布には362円しかないからタクシーの初乗りの値段にも満たない。両親共に今日は夜まで仕事だ。

「どうすりゃぁええんじゃ」

寂れた無人駅で一人嘆いたところでこの状況は変わりやしない。知り合いが車でここを通るのが先か、お母さんが帰ってくるのが先か。何れにせよ今はどうしようもない。意地を張らないで保健室で手当てしてもらえばよかった、なんて今更悔やんだってもう遅いけれど。
ぼろぼろのベンチに腰掛けているうちに、1時間に2本の電車がやってきた。降りる人が居ないことも多いが、この電車には居たようだ。何の気なしに足音の方を見ると、そこには見覚えのある男子が居た。あ、あれは、

「井尾谷?」
「あ、やっぱしみょうじじゃった」

相変わらずにやりとした笑いを浮かべながら歩いてきたのは、中学高校と同じ学校の井尾谷だ。女子の中には井尾谷の醸し出すオーラに対してなんとなく警戒心を抱く子も居るけれど、話してみると普通に気さくで面白い奴だ。まあ、何を考えているのか分からないことも間々あるけれど。

「どうしたんじゃ、そがぁなところで待ち合わせか」
「それならえかったんじゃがのぉ。足捻ってしもぉて、いぬるにいねんのじゃ」
「…んー、見た目にゃぁ分からんが。チャリ漕げんのん?」
「うん」

そう言うと井尾谷は少し考えるそぶりを見せ、さも当然かと如く言った。

「ほいじゃぁ後ろ乗せちゃるよ」
「……は?」

ちぃと待っとき、と言って駐輪場までママチャリを取ってきて、後ろの荷台をぽんぽんと叩く井尾谷。それって、

「2ケツですか」
「そうでもせんといねんじゃろ?」
「そうじゃけど…」
「ほら」

高校生の男女が2ケツってどうなの…。けれど帰れないのは事実なので、有難く彼のお言葉に甘えることにする。
大人しく井尾谷の自転車の荷台に横座りすると、井尾谷はゆっくり発進しだした。この時間帯、周りは人の気配が薄くてとても静かだ。

「井尾谷さぁ」
「なんじゃ」
「なんかもっとかっこええ自転車乗っとらんかった?」
「あれはロードバイク、通学にゃあ使わん」
「へぇー」

スピードもあまり出してないから風圧も少なく、周りは静かだから声はよく聞こえる。

「家、タバコ屋ん近くじゃったっけ?」
「うん!」

家を知っていて不思議じゃない。この辺りに住んでいると、同級生の家がどこの辺りなのか大体知っているものだ。
それからぽつぽつたわいない会話をしていると、あっという間に家に着いた。良かった、無事帰れた。

「足、お大事に」
「げに助かった!ありがと!」

そうして井尾谷は帰ったのだけれど、その後暫くして帰ってきたお母さんから、予想外の話を聞くことになる。

「なまえ、あんた男の子と帰っとったんじゃって!?」
「は!?なんで知っとるん!?」
「青木のおばちゃんに聞いたんよ!なあ彼氏なん!?」
「ちーがーう!うるっさい!」

恥ずかしくて部屋に戻ると、中学の頃の友だち2人からメールが届いていた。内容は2人共「あんたと井尾谷が2ケツしてるのを見たけど、いつから付き合ってたのか」といった感じで、この様子だと、明日にはここの区域では根も葉もない噂が広まりきってしまうだろう。
友だちからのメールの返信は取り敢えず後にして、随分前に聞いて以来一度も送ったことのないアドレスを開き、今日の御礼と噂のことを書き出して送信する。アド変したのにアド変メールを送られてなかったりしないとこを祈る。

ものの5分で井尾谷からの返信は来た。けれどその内容にわたしは余計に悩まされるのだった。

“ワシはその噂、事実にしたいと思うとるんじゃけど”



イナカ・ウワサ・ロケットダッシュ



20130506
二人乗りをしたらその日のうちに親にバレたというのは、ド田舎育ちのわたしのお母さんのノンフィクションです。


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