「熱心やなぁ」

これは完全に俺の独り言である。
葉桜だったそれが桃色を削ぎ落としてしまった春の心地よい白昼、安っぽいデスクに肘をつきながら温い日差しに微睡む意識の傍らには、一人の女の子が居る。

保健委員に名乗りを上げ俺は、昼休みにぼんやりと職務を全うしていた。中学生にもなって保健室を訪れるのは勢い余った阿呆かサボりたい奴くらいで、後者は昼休みにはやって来ない。つまりは大概退屈だ。
退屈しのぎに何か変わったことは無いかと探し始めたのが昨日の話。ああでもないこうでもないと保健室中を探し回ったが特に目を引くものも無く、合間にふと窓の外の中庭に目を遣ると、知らない女の子が屈んでいるのが視界に入った。何をしているのだろう。小さな好奇心からその子に目を凝らすと、花壇を手入れしているらしかった。
この学校は無駄に自然豊かで、花壇はこの中庭だけでなく屋上にもある。噂では流行り好きなうちの校長が、ビヤガーデンが流行った年に『学校に屋上庭園を作る』などと言い出したらしく、その結果割と大きな花壇が屋上に持ち込まれたのだとか。その所為で美化委員の仕事が倍増したのは言うまでもない。論点がずれたが、つまりあの子は美化委員なんだろう。
それにしても随分と熱心だ。水を遣るくらいなのだと思っていたが、学校で育てる程度の比較的手のかからない花も、きちんと切り戻しをしていた。これが仕事の内なのかあの子の熱意なのかは俺の知り得る事では無いけれど。その小さな手はとても生き生きとした力を放っていて、軽く見惚れていた。

そんなこんなで今日もその丁寧な作業を眺める。小さな体でよく頑張るなぁと少し微笑ましく思うと同時に、制服が汚れやしないかと少し心配にもなる。これだから謙也たちからおかんだとか言われるんだ、と自分でも少し納得した。
教室の喧騒が一気に遠のくこの保健室は、なかなか居心地が良い。その上優しい陽射しが降り注ぐこの窓際は、俺から言わせればパラダイスだ。

***

「あの…」

脳に届いたその声によって一瞬でぼやけていた意識が覚醒した。うわ、居眠りしてた…!内心焦りながら声のした方へ顔を向けると、窓からひょっこり顔を出していたのは、"あの子"だった。

「あの…?」

もう一度同じ言葉を繰り返した彼女は、不思議そうな瞳で何も言わない俺を見た。いやいや、ちょっとなに焦ってんや俺!

「えっと、どないしたん?」
「これ、さっき窓から飛んでった」
「あ、気付かんかったわ、おおきに」

窓を全開にしていたからだろう。デスクの上の小さいメモが、俺がうつらうつらしていた間に風に乗って外へ飛び出てしまっていたらしい。受け取ろうとしたところで、彼女の右手の人差し指にふと目が留まった。

「切り傷あるやん」
「え?あ、こんなん大したことあらへんて!平気!」
「あかん。こっち来ぃ」
「え、ちょっ!」

困惑する彼女を余所に、中庭と繋がっている扉を開いて保健室へと誘導する。彼女はおろおろしながら靴を抜いでソックスで床に足をつけて、俺は小さい蛇口で彼女の手についていた土を濯ぎ、マキロンで軽く消毒。あまり骨張っていない細い指にバンドエイドを巻きつけてしまうと、彼女は照れ臭そうな目で自分の右手を眺めた。

「手慣れてんねんなぁ、流石保健委員さん」
「普通やて」
「…あ、もう昼終わってまう」

壁掛けの時計を見遣ると、針は予鈴の2分前を指し示していた。そろそろ閉めないと。
慌ただしく中庭への扉で靴を履いている彼女へ近づく。気付いた彼女がはにかみながら会釈をした。

「ほんまおおきに」
「…おん、気ぃつけや」
「じゃあ、また明日」

走り去った"あの子"の背中を見ながら、笑顔でそんな言葉を落っことされてにやけが収まらない俺に、予鈴は呆れたように鳴り響いた。慌てて保健用具を片付け始めた俺は、ある事に気づく。

「あの子、来訪者記録に書いてへんかった」

まあいいか。"また明日"会えるのだから。まだ学年も名前も何も知らないあの子に想いを馳せる、なんて、古めかしい少女マンガみたいなことをしている自分自身に、施錠しながらまた笑った。


春意
…春めく気配。また、春ののどかな気分。



20130414


「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -