入学式の日は桃色が眩しいほど咲き誇っていたのに、たった数日経過した本日に至っては、地面に湿気った薄桃色と茶色が絨毯を作っていた。

「どんだけ堪え性無いんや、なまえ先輩」
「うっさい」

言葉は棘っぽいけれど、部活を一旦休憩にしてわたしに話しかけてくれるこの部長は、やっぱりデキる奴だ。
桜並木が近いからか、ここのテニスコートにもなかなかの量の花弁が地を這っていた。花道、と言うには余りにも地味だけれども、この古臭い校舎と湿気った桜は、満開に輝く桜よりも妙にマッチするのだ。

「高校生にもなって暇持て余してんすか」
「今週提出の課題いっぱいある」

ぷう、と見せつけるように頬を膨らますと、光はわざとらしく深いため息を吐いて、今から核心をつきますよとでも言いたげに軽く咳払いをした。

「寂しいんすか」
「寂しいんです」

素直に肯定すると、光は再度呆れたようにため息を零した。ため息が白まなくなったのはいつ頃だったのか。望んでなんかいなかったけれど、わたしは知らない間に春の入り口まで連れて来られているのだ。でもきっと光も同じなんだろう。

「財前部長」
「そのからかわれ方、夏以来っすわ」
「からかってへんよ」
「…あー、はいはい」

どうも光はわたしの真剣な視線が苦手らしい。けれど頭の良い彼は、わたしが言わんとすることをちゃんと読み取ってくれたらしい。

「俺かて半年ちょい頑張りましたよ」

先輩が見てない間に、と皮肉を絡めながら不満を垂れるところはやはり光に相違ないけれど、最後に見たユニフォーム姿よりも一回り以上大きく高く見えるので、わたしは高校生になった筈なのに、光にどんどん離されていく。

半月ほど前の春休み、毎年恒例の卒業生VS.現役生の校内戦のときは、こうは見えなかった。今ならその理由は明白で、きっと光が"元"部長である白石に華を添える為に敢えてそうしたのだろう。それに光にとって白石は、例え自分が部長であっても、唯一無二の"部長"だから。

“財前、自分は立派な部長や”

あの日の締めにそう言った白石の言葉を今になって思い出す。白石は光の気持ちを汲んで、掬っていたのだ。あの時光がどんな顔をしてたか、わたしは思い出せない。

「なまえ先輩、部活全然見に来おへんから。部長や謙也さんは推薦決めとったから冬からよう来とったけど」
「しゃあないやろ、うちは白石たちと違て頭良ぉないんやから」
「その言葉ほんまに現実味あるわぁ。俺も推薦貰お」
「あー、光なら問題無いやろ」

こんなどうでもいい話で笑いあえるけれど、肝心なところには極力触れない関係。なんと居心地が良く、脆い距離だろう。…嘘、距離感のことを考え始めた時点で、居心地が良いとは言えないのだ。わたしは、光が未だ白石を"部長"と呼んでいることを指摘出来ない。

「俺の方が、ずっと置いてけぼりっすわ」
「…え?」

突風が吹く。残り僅かの元気な桃色が、木から乖離して風に乗る。わたしと光の距離を舞う。

「また、来てください」

光は笑っていた。わたしも笑った筈なのに、目の前の光は「ほんま寂しがりなんすね」と言ってほろ苦く笑った。


君の季節はいつも僕より早く進むから



20130410


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