うちの高校の裏門には、斜度の高い坂ある。通称「裏門坂」
わたしは自宅からチャリ通しているのだが、地理的には裏門を通れば早く着く。けれどもこの裏門坂は、如何せん歩いて登るのもきつい激坂。それをごく平凡な女子高生であるわたしがチャリで登るのは、まず不可能なのだ。なのでこの高校に通って三年目の今も、わたしはわざわざ遠回りをして正門から登校している。勿論下校だって、この斜度を下るのはかなりの恐怖だし、なにより一緒に帰る友達はみんな正門から帰るので、わたしも例に漏れず正門から下校している。
つまり、わたしは裏門坂を通ったことが無い。

***

「嘘でしょ…!」

信じられないものを見た。
裏門坂まで20メートル辺り、いつも通り登校していると、後ろからチャリに乗った男子生徒(きっと後輩)に追い抜かれた。何となくその後姿を眺めていたら、驚いたことに、その男子はそのまま裏門坂に突っ込んで行ったのだ。しかもその子は、見た感じ(失礼かもしれないけど)明らかに体育会系ではない体の細さだったし、電動アシストの類も無さそうな普通のママチャリを使っていた。
えええ君じゃ無理だよ!心の中で叫んでいたけれど、なんとその男子はママチャリのままグイグイ進んでいるではないか。思わず坂の前で立ち止まって彼の行方を見守ると、暫くすると姿が見えなくなった。どうやらあの男子は、あの裏門坂を、あのママチャリで登りきったようだった。そんなこと、あり得る?
腑に落ちないまま、いつも通り正門から駐輪場へ向かう。そういえばうちのクラスにも居るじゃないか。チャリで坂を登る、体の細い男子が。尤もあいつはママチャリじゃないけど。

***

「ああ、それならうちの一年ショ」

朝練を終えて既に自分の椅子に座っていた巻島に、先程の出来事をあらかた話すと、巻島はちょっと楽しそうなトーンで答えた。そっか、あの子チャリ部だったのか。

「巻島も登れるの?裏門坂」
「ママチャリで登ったことはねぇケド、ロードでなら練習で飽きるくらい登ってるッショ」
「まじか!わたしでも登れる?」
「オメェじゃ無理だな」

馬鹿にしたような表情で断定した巻島。そりゃ分かってたけど!でも即座に否定しなくたっていいじゃないか…。

***

「う、わ…」

昨日の巻島の一言にカッとなったわたしは、この裏門坂を登って巻島をぎゃふんと言わせようと一念発起し、わざわざ早起きして皆に見られない時間に登校した。けれど、坂は見た目以上に急で、力を抜くと後ろから誰かに引かれるように体は後退していく。ペダルを踏ん張って回しても進んでいる気がしない。

そういや巻島は、どんな風に登ってたっけ。友達と何度か応援に行ったレースを思い出す。山頂に一番に辿り着いたあいつは、なんか左右にめちゃくちゃチャリをユラユラさせてたぞ!
思い立ったわたしはサドルからお尻を浮かせ、後退しないうちにママチャリを右に揺らしてペダルを回す。
…あれ?思い描いていたのと違う。巻島はもっと地面スレスレまで車体を倒してた。でもわたしは少し傾いただけで、勿論全然進んでない。あ、もしかして手の長さ?くっそあいつは確かに手足がやたらと長いから!悔し紛れに思いっきりママチャリを左に揺らしてみる、と、体もそのまま左側に引っ張られて、わたしのママチャリは緩やかに地面と対面して大きな音を立てた。舗装された山道とこんにちは。わたしは咄嗟に体勢を立て直して足で着地した。ようやく気づいた、わたしは馬鹿だ、と。

これ以上は無理だ、恥ずかしさに耐え兼ねた脳が伝達してきたヘルプを無視出来るほどの気力は残っておらず、諦めてママチャリを立て直し、ハンドルを握り締めて坂を下るべく後ろを向く。するとその先には、俯いて肩を細かく震わせている緑色が居た。

「…いつから見てたの」
「クハッ!悪りぃ、最初からショ」
「悪りぃとか全然思ってないでしょ、その態度」
「いや…昨日言ってたから登ろうとするんじゃねぇかと思って張ってたら、案の定来たから、それだけで面白えのに…オメェ…!クハッ!」

ツボに入ってしまったらしい巻島は、ずっと肩を震わせて浅い呼吸を繰り返している。笑いすぎだ。

「俺の真似したッショ?」
「うん。全然出来なかったけど」
「クハッ、当然ショ。独流だからなァ」

やっと笑いの波が治まったらしい巻島は、徐にわたしのママチャリのサドルを最大限に高くした。そうしてそれに跨がって、後ろの荷台をポンポンと叩いた。

「…え?」
「ほら、乗れヨ」

テッペンまで、連れてってやるッショ。そう言った巻島はどうやら本気みたいだ。そんなカッコイイ台詞は大事なレースのときに言っとけよ!

「いいいや!馬鹿じゃないの!?ママチャリで二人乗りで裏門坂とか!!」
「みょうじに馬鹿とか言われたくないッショ。ちとキツいが、イケなくはねぇヨ」

その可愛気の無い目線で促す巻島には確固たる自信があるらしい。というか今の巻島から逃げれる気もしない。そういや前に自分の髪色は蜘蛛をイメージしてるって言ってたなぁ。

「あんな左右に揺らされたら、わたし絶対落ちるよ」
「クハッ、ママチャリであんなダンシング出来るワケねぇショ!大丈夫だ、普通に登る」
「…そこまで言うなら、絶対登りきってよね」
「あいよ」

上機嫌そうに笑う巻島の細いけど硬い腰に腕を回すと、巻島はゆっくりとペダルを回し始めた。


CHISHU


巻島はゆっくり、されど確実に裏門坂を登ってゆく。この細い足の何処にそんな力があるのやら。そうして残り僅かになったところで巻島は振り返ってわたしにニヤリと下手くそな笑みを見せると、ショオ!という掛け声と共に全速力でペダルを回して、気付けば裏門坂を登りきっていた。
まァ俺にかかればこんなもんショ、誇らしげに言う巻島の笑顔は今度は自然で綺麗だったから、思わず見惚れてしまった、なんて言ってやらない。



20130331
CHISHU→ちしゅ→蜘蛛→くも→巻ちゃん
夢要素の薄さに自分でも書いててビックリ!


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