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今年の夏の異常な暑さを通り過ごし、空気が微かに重みを増した秋が来た。半袖では肌寒いけれど、衣替えまではあと少し時間がある、そんななんでもない今日。こうやって部活が終わるまで待つ時間は嫌いじゃない。

「明王くん、お疲れさま」
「おう」

最終下校時間ギリギリに更衣室からぞろぞろ出てくるのはサッカー部の面々だ。どの部活よりも汗を流す彼らは、とても強い。
そんなサッカー部の一員である不動明王くんを、わたしはじっと待っていた。けれどわたしと明王くんは決して恋人なんかじゃなくて、ただ家が近いだけの友だち。一人で帰るのは危ない、と言ってくれた明王くんのやさしさに甘えてるだけ。

「今日はどうだった?」
「まあまあ」
「うん、調子良かったんだね」
「…うっせ」

自覚はあるらしいが、彼は敵をつくりやすい性格である。でもその彼の纏う棘さえ理解すれば、実に温かい彼の本質が見えるのだ。

「あのさあ」

横に並んで歩きながら、明王くんの綺麗な深い色をした吊り目がわたしに向くのを感じた。わたしも明王くんの方を見ると、彼は進行方向へと目を逸らしてしまったけど。

「お前が俺に気ィ遣ってんなら、別に学校終わってすぐ帰っていいぜ?」
「えっ」

肺に余った酸素がわたしの胸を圧するように膨張している気がした。明王くんは何処と無く前を見るばかり。

「いやに、なった?」
「は、」
「それなら、そう言ってくれれば、いいのに」

喉から吐き出す言葉で凍傷になりそうだ。こんな風に言われる日を予想してなかったわけじゃないのに、いざそうなると声が震えるわたしが居た。泣いちゃ駄目だ、何度も自分に言い聞かせてから、足元に落としていた視線をゆっくり上げている最中で、肩にぐっと力が加わり景色が小さく回った。完全に視線を上げた先には、何か言いたげな、怒りを孕んだ表情が在った。

「誰がんなこと言った」
「だって、」
「だってもクソもねえよ!」

肩を掴まれている手から、彼の大きな感情が雪崩れ込んでくる気がした。この感情の名前は、わたしが持っているのと同じだろうか。

「何とも思ってねえ奴と毎日帰れると思うか?この俺が」
「そ、れは…」

勢い良く言い切ったはいいものの、その後やっぱり恥ずかしくなってしまったのか、明王くんは手の甲で口を覆い隠しながら斜めに視線を逸らした。

「好きだよ、明王くん」
「知ってる」


秋は盲点




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