襲撃・後




「ちょろいですね、並盛最強の男も。」

嫌味たっぷりに言う男の足元には、雲雀恭弥が倒れていた。男を睨み付けるが、攻撃に出る様子はない。

「君……何が望みだ。」
「さて、何でしょう。……秘密、ですよ。君に言っても僕は何の利益が得られないので。思ったより弱い男でしたが、これで気を失わないとはたいしたものです。」

“弱い”という言葉に一層眼光を強めるが、やはり立ち上がることができない。
―――桜のせいだ。
雲雀は悔しげに呻吟する。以前保険医に掛けられた病がこんなところで影響を及ぼしてくるとは。特に不都合が無いので放置していたが、やはり殴ってでも治療させるべきだったのか。
男は先程「桜など無くても君程度簡単に倒せる。」と宣った。なら消せ、と言ってやりたい。こちらからすれば桜さえなければこんな奴に苦戦することはないのだから。
男の動く気配に、雲雀が男の方を見ると、その手にはいつ盗ったのか、雲雀の携帯電話が握られていた。

「…………君、」
「ああ、ご安心下さい。何も無ければすぐに返しますよ。
……ただ、君ほどの人間であれば、多少なりとも大物と知り合いなのでは、とね?」

男の答えに雲雀は少し拍子抜けする。この男の標的が自分以外であるのだとすれば、雲雀には心当たりはない。自分以上の大物がいるとすれば、是非とも手合わせ願いたいものだ。……大物、と言われて思い付くのはあの赤ん坊くらいなものだ。しかし彼の連絡先は雲雀の携帯には入っていない(時折何故か電話がくるが)。

草壁か……もしくはあの子くらいしか……、

雲雀がそこまで考えたところで、男が唐突に笑いをこぼした。

「…ク、ハハ!やはり君が来て下さって嬉しいですよ。見事に大物が釣れました。」

たいそう愉快そうに、だがどこか寒々しく言うと、男は再び雲雀を殴り飛ばす。不意の攻撃に咳込む。男は静かに続けた。

「―――メイノ・キャバッローネ……どういう関係ですか?」

思わず目を見開く。
少なくとも雲雀が知る限り、メイノは“大物”にカテゴリーされる人物ではない。確かに、雲雀に恐れおののかない点では他からは特別視されるが、それを足しても“大物”とは言い難いだろう。

「…人違い、だろ。メイノは君の言う人物とは思えない。」
「いえ、いえ。忘れるはずがないじゃありませんか。メイノ・キャバッローネ。彼にはマフィアということを除いても、憎々しい思いで一杯ですからねぇ。」
「……マフィア…?」
「おやおや、それすらも聞いていないんですか。随分信頼されてないんですねぇ…。まあ、彼と知り合いなのであれば、この電話は少しお借りしますよ。
連絡をとらせていただ……――っ!?」

男が言い終わらない内に、雲雀が動いた。
骨を折られ、桜のせいで立つことさえままならない。そんな身体で、男を倒せる可能性は不可能に近い。……そんな事は百も承知だ。だが、別に狙うのは男自身ではない。突然の反撃に男はまだ対応できないようだ。その隙に男が手すさびの道具にしている、自身の携帯電話に狙いを定める。

「――っ、良い情報をいただきました。そんなに彼が大事ですか?ここに呼びたくないほどに。」
「気持ち悪いこと、言わないでくれる?あの子が来ると、ややこしくなるからだ。
………それに貸しを作るのも、ごめんなんでね……っ!」

ガシャ、と携帯をたたき落とすのと同時に、男の蹴りが雲雀の腹に入った。崩れ落ちる。もはや意識を保つのも、やっとだった。

「……ああ、良かった。壊れていませんね。……君がこれ以上抵抗しないのであれば僕はもう君に何もしませんので、大人しくしていなさい。君自身には、なんの恨みもない。」

男の話が、雲雀の耳に入っていたかは、定かではない。







「いやー笑った笑った。流石笹川だわー。」

やっとのこと笑いがおさまり、そう言えば無言で睨まれる。

「じろくんー…怒ってるのは俺だからね!朝いないと思ったら、病院に運ばれてるし…どういうことさ!」
「知らねぇよ。今朝は……珍しく早く起きたからそこら辺ぶらついていて。そしたら笹川が襲われてるのを見た。“邪魔するなら殺す”とか言われたからそのまま見てただけで……あいつら、邪魔なんかしてねぇのに攻撃してきやがって。」
「うん、じろくん。そこは見てないでさっさと逃げようね?」

じろくんってば、変なトコで天然さんだ。俺だったら見つかる前に逃げる。そんな見ていたら、何見てんだって因縁つけられるに決まってますよ。

「あ、じろくん財布持ってないじゃん。保険証も。
 取ってきてあげるよ、何か他に欲しいものある?」
「特には……多分俺はこのまま退院だろうしな。外行くなら俺も行くぞ。危険だろ、今は。」
「ダメだよ!じろくんは一応怪我人だから安静にしてなくっちゃ。大丈夫。家にちょっと行くだけだから。」

不満げなじろくんに見送られながら、病室を出る。
病院から出ていく時に、珍しく焦ったような先生と、続いて沢田が走っていた。どうしたのかなと疑問には思ったけど、あまり気にならなかった。それよりも家に帰らなきゃいけないし。そういう思考を持つことができて……結局、俺じろくん以外はどうでもいいんだよなって思えて、少し安心した。

家に向かって歩くと並中の制服を着ているだけで何やら白い目で見られている気がする。……酷い、並中生は基本的に被害者なのに。聞こえるように「近づかない方がいい」という言葉を向けられると若干ショックだ。
 ……早く、委員長さん犯人懲らしめてくれればいいな。じろくんにまで乱暴したんだから、犯人にはちょっと痛い目を見てもらわなければならない。他力本願もいいところだけど、適材適所という言葉もある。
そんな事を考えているとちょうど着信音が鳴った。じろくんかな…と思い携帯を開くと、そこには『雲雀恭弥』の文字。
………うわあ。超シカトしたい。
でも以前無視した時の報復を思い出すと、電話に出る以外の選択肢はなくなる。……今日別れ際も大分イライラしていたし、文句言われるんだろうなあ。

「……ハア………、もしもし?」

電話に出るが、返ってきたのは沈黙だった。

「ちょっと……委員長さん?」

 呼びかけるけど反応が返ってこない。電話口には人の気配がするのに。何か絶対、様子がおかしい。嫌な考えが頭を過る。

「ちょっと!委員長さん!?――返事くらいしてよ!委員長さ……っ、」
『こんにちは。お久しぶりですね?』

 やっとのこと返ってきた声は委員長さんのものではなかった。久しぶり、と言ってきた人の声に聞き覚えはない。

『お忘れですか?僕のことを。……ひどいですね。僕は君のことをひと時も忘れたことなどないというのに。』

誰だ、この人?どうして、委員長さんの電話を?………委員長さんは?聞きたいことはたくさんあるのに、口から漏れるのは震えた息だけだった。
どうして?……だって、委員長さんはやられるはずなんか、ない。

『……六道骸、ですよ。』

覚えてないのですか、と尋ねられる。けれど知らないよ、そんな人。何も応えようとしない俺に焦れたのか、電話口の声が苛立つ。

『こちらに来なさい。もちろん一人で、誰にも言わず。……君が約束を破らないように、そこに倒れている雲雀恭弥を人質、ということにしましょうか。』
「…………うそ、」

捕まった。委員長さんが。まけた…?冗談とかではなく?――なんで……なんで!いつも偉そうに自分は強いとか、言っているくせに!言いようもない怒りが浮かぶ。
反応を示した俺に、電話の相手は多少機嫌が良くなったようだ。奇妙な笑い声をたてながら言った。

『黒曜ヘルシーランド、と言えばわかりますか?では、是非お越しくださいね。』

通話が、切れた。




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