襲撃・前


「何があったんだ?」

 夏休みが終わって少しした時、じろくんにそう聞かれた。

「何がって、なにが?」

 おおよそ何を聞きたいのかはわかっていたけれど。あまり言いたい気分じゃないし、てきとうにとぼける。誤魔化すのはそれなりに得意で、今回もポーカーフェイスで言ったつもりなんだけど、じろくん には効かなかったらしい。ギュ、と顔をしかめられた。

「……別に言いたくねえなら聞かねえからな。」
「−−っっ待って!言う!!言いますから!そんな顔しないでよー!」

 じろくんのそんな悲しそうな顔見て俺が放っとくわけないってわかってやってるな。じろくんの策士!まんまと引っかかっちゃう!

「でも、どうして何かあったって思ったの?」
「………雲雀が、夏休み明けから全然姿見せないだろ。」
「ああ……、」

 そういやそうだ。
 委員長さんとは、結局夏祭り以来会ってない。前まではなんだかんだ言って一週間に一度くらいは生徒会室に難癖つけに来るか俺を応接室に引っ張って行くかしてたから、見る人が見たら何かあったと思うのかもしれない。表情には出さないくせに、わかりやすい行動するなあ。俺は俺で、別に行かなくていいなら行かないや、という感じだ。わざわざ面倒な仕事押し付けられになんて行くもんじゃない。
 委員長さんが拒否するなら、別にいい。俺たちの関係は案外脆い。
 別に、俺はもうあの時の事はどうでもいい。むしろ何もなかったように接してくれた方がありがたいと思っている。………だってほら、ああいう風に取り乱すのって俺のキャラじゃないから。正気に戻った今では羞恥心に襲われるというか、やっちまったなーと思うというか。兄さん襲来事件の時は、立てつづけに沢田誘拐事件が起こったから、ギャーギャー騒いでる内にうやむやになったから良かったんだけど。
 でも委員長さんは根に持つタイプだから、俺が彼に対して怒鳴ったことは許してないんだろう。ねちっこいんだよ、ネチネチ野郎め。沢田を見習え。

「ちょっと喧嘩しててさ。まあいつもの事だよー。
でも、どうして委員長さんの事なんか気にするのさ。関係ないでしょ?」
「……お前も元気ないだろ。」
「俺が?そんなことないよー。元気いっぱい!
強いて言うならじろくんが夏休み全然遊んでくれなかったからちょっとしょんぼりしちゃってたかな?」

 あははと笑いながらのぞき込むと眉間の皺が深くなる。俺の答えに納得していないんだろう。だけど一から説明するのも何か違う気がするし、トラブルの素だ。こちらを睨んでくるじろくんにめげずに再びにっこり微笑むと大きな舌打ちを返された。

「………もういい。わかった。」
「そう?」
「……お前、どうせ言う気ねえだろ。」
「これ以上言いようがないだけだよー。」
「死ね。」
「なんで!?」

 じとりと睨むじろくんの言葉を躱すと、最後には暴言とともに小突かれた。まあ、そんな態度も俺を心配してのものだと思うと愛おしくなっちゃうよね。じろくんは本当ツンデレっ子だから、ツンケンした言動も全て俺への愛に基づいているわけです。前どこかでツンデレの黄金比は9:1って聞いたけど、正にそれだね。だけど俺的に、じろくんに関してはツンデレ比1:9くらいになってほしい。
 この前沢田にそういう話したら、「天名さんのあれをツンデレの一言で済ませるメイノさんって本当に素敵だと思います。」と言われた。誉め言葉だと思ってお礼を言ったら頭抱えられたな。あれは結局褒められたのか、貶されたのか。

「ね、どっちだと思う?」
「お前って女子並にコロコロ話変わるよな……。」
「ちっちっ、じろくんそれは違うよ!俺クラスの女子にも“ついていけない”って言われるもん。」

 そんでよく「顔はいいのに」とか「天は二物を与えないんだね」とか言われるのさ。皆して俺が傷つかないとか思っちゃってるよね。やんなっちゃうよね!

「という訳でこれお願いします。」
「どういう訳だ。」
「あは、まあ気にしない方向で。」

 満面の笑みで委員長さんトコに提出する書類を差し出すと、ため息をつきつつも受けとってくれた。やっぱり、じろくんは優しいね。こういうさりげない優しさに惚れちゃう子も多いんじゃないかな。でも惚れちゃダメだよ、じろくんは俺のだからね!

「じゃあ待ってるからさ、それ出してきたら一緒に帰ろうね!」
「ああ。」

 いまだに納得していないような顔をしながら、じろくんがドアに手をかける。そして思い出したかのようにクルリと振り返った。

「そういえば、最近風紀委員が襲われてるらしいな。」

 それだけ言うと俺の反応なんて見ずにさっさと行ってしまった。

「…………あ、そうなんだ。まあ風紀委員も不良の集まりだから、色々あるんじゃないかな。」

 じろくんもいないし誰も聞いてないのに、普段通りを装って言ってみる。だって動揺したらおかしいじゃないか。
 じろくんの意地悪。反応も見なかったって事は、彼の事だから俺と委員長さんの「喧嘩」が核心だと分かっていて。普段はこういうことがあっても大抵見て見ぬふりをしてくれるのに、今回は意地悪された。酷い。
 喧嘩はいつもの事なんて言ったけど、俺も今回は何か違う気がしていて。はっきり言ってまだ委員長さんには会いたくない。でも、そんな時にこんな事言われたら気になってしまう。風紀委員が襲われていても俺には被害ないけど。委員長さんがケガなんてするはずないけど。気になっちゃうもんはなっちゃうのに。
 だけど会ったって気まずいよ、やっぱり。謝る事でもないし謝られる事でもない。前までだったら風紀委員が襲われているなんて聞いたって、「普段の行いが悪いからだ」とか言っちゃえるのに。
 じろくんは優しいけど、たまに意地悪だ。





 さて、その翌日。

「じろくんのばかーーー!!!」

 本当にひどい!じろくんのばかあほまぬけおたんこなす!!
 説明しよう。じろくんは基本朝弱い子だ。ていうか、夜更かしするから朝起きれないんだけどね。だから普段は俺が起こして、一緒に登校するんだけど。今日じろくんの家はもぬけの殻でありましたとさ。前日にちょっとした言い合いがあったりすると基本的にじろくんはこういうことで仕返しをする。………ひどいよ、昨日のは別に俺それほど悪くないのに!一言くらい声掛けてくれてもいいじゃん!
 という訳で全力ダッシュ中です。じろくんはもう学校だろうしね、問い詰めてやるんだ。

 とか思いながら走っていると特徴的なモフモフの頭が見えた。……よし、このモヤモヤは八つ当たりで晴らそう。

「さっわだーー!!」
「ギャーーーーーー!!!」

 のんびりと歩く沢田の後ろから思い切り飛びついてみました。沢田は俺より小さいから、支え切れるはずもなくベシャリと潰れる。

「あ、先生もいた。チャオー!おはよー!」
「ちゃおっす。珍しいな、お前が一人で登校とは。天名と喧嘩でもしたか?」
「違うよ。じろくんが勝手に行っちゃったんだ。ひどいよね。ね、沢田。」
「………とりあえずどいてください。」

 地面に突っ伏した沢田が唸るように言った。ごめーんと軽く言いながらひょいと除けると、沢田がげっそりとした顔を上げた。朝からそんな顔じゃ運気上がらないよ。そう言うと「あんたのせいだ!」と怒鳴られた。言うようになったね、感心感心。

「ね、聞いてよ。じろくんってば俺置いて先行っちゃったんだよ!ひどくない!?」
「メイノさんが何かしたんじゃないんですか?」
「失敬な!」

 そんな責められることは何もしてないよ。
 確かに俺とじろくんの喧嘩は俺のせいなことが多いけど、今回に限っては絶対俺そんなに悪くない。まあ、俺はじろくんが隠し事なんかしたら許さないけどね!沢田や先生と一緒に歩きながらぶちぶち愚痴を言う。沢田はきちんと俺の話に付き合ってくれるからとても良い子だよね。リボ先生からも呆れの御言葉をもらいながら、それなりに賑やかな登校だ。
 周りにも登校中の生徒がたくさんいて、普段なら学校が近づくにつれて挨拶やら談笑やらでどんどん騒がしくなるのに……今日の様子は少しおかしい。

「……なんか妙に風紀委員が多いね。」

 そして一様に怖い顔をしている。不機嫌な風紀委員がたくさんいるせいで登校中の生徒も俯きがちに学校に入っていく。

「ああ…やっぱり警戒してるんじゃないですかね、最近風紀委員が襲われてるらしいですし。」
「………………。」
「やっぱり、不良同士のケンカなのかなあ。」

 沢田がそうぽつりと呟いた所で、違うよと否定する声が掛かった。

 ………マジか。会いたくないなって思っていたのに。
 俺がそれなりに気にしていたというのに、委員長さんはケロリとして沢田と何やら話している。どうして何もなかったように出てこれるんだろう。俺としては、結構な出来事であったんだけど。……まあ、この人が他人に左右されるなんてあるはずないか。何もなかったようにしてほしいとか思ったり、何かしてほしいとか思ったり。最近、本当矛盾だらけなんだ。この人のせいなんだ、絶対。……認めたくないけど。だから、口にはしないけど。
 前みたいに、じろくんのことだけでよかったなら、こんなことにはならないのに。本当は、今だってそれでいい……それがいい。じろくんだけでいい。大切なものは一つで充分だ。たくさんあっても困るでしょう?どれを優先するか。あれもこれも、なんて、俺にはできるはずないんだから。

「メイノさん!?」
「―――っ、………なに?」

 ぼんやり考えていると悲鳴のような声に呼びかけられる。
 ――やばい、全然耳に入ってこなかった。
 慌てて顔を上げると、沢田は蒼い顔をしていた。

「どうしたの、沢田。」
「雲雀さんの話聞いてなかったんですか!?京子ちゃんのお兄さんが……!天名さんも、襲われたんです!」
「……………え……。」

 放たれた言葉が理解できない。笹川とじろくんが……なに?おそわれた?……でも、だって、笹川は風紀委員じゃない。じろくんだって。関係ないはずだ。それなのにどうして。顔面蒼白でこちらを見る沢田を見つめ返すが、冗談や嘘を言っているようには見えない。
 じろくんが、襲われた……?

「どういうこと!?」

 頭がやっと働くと同時に委員長さんにつかみ掛かる。思わず彼の襟ぐりを掴んでしまったので不快そうな顔をしたが、振り払うことはせず眉を寄せたまま応えた。

「そのままだよ。笹川と天名、一緒にいるところをやられたらしい。怪我がどの程度かは知らないけど。」

 彼らがどうなろうが、僕の知る所ではないしね。
 そう言って手を緩く解かれる。強くはじかれたわけではないのに、支えを失った感じがして体がよろめく。……立ってられない。そのまま塀にもたれ掛かって、息を整える。

「なんで……?だって…風紀委員だけのことじゃ……、」
「違うって言ったでしょ。普段から話聞かない子だけど、君さっきまで何を聞いてた訳?」

 苛立ちを含んだ声で言われる。いつもならそれに対し何かしらの反論があるが、それすらも上の空だ。その様子に心底うんざりしたため息をつき、彼は沢田の方に目をやった。

「ちょっと、君も突っ立ってないで、この子どうにかしてくれない。」
「あ…、は、はい!」

 彼が最後にチラとこちらを見た感じがしたが、何を言うでもなくそのまま行ってしまった。





 雲雀さんの指示に、我に返った俺はメイノさんを何とか病院に誘導する。メイノさんは正に茫然自失といった様子だ。最初は俺のほうが慌てていたはずなのに、そんな彼を見ているとこちらは何だか落ち着きを取り戻してしまった。他人が取り乱していると、周囲は落ち着くというのはこういうことなのか。
 とりあえず、病院に行ってみないことには何も始まらない。メイノさんは俺の言葉を聞いているのかいないのか……誘導するままに着いては来ている。普段騒がしく話す人だから何だか変な気分だ。歩きながら顔を盗み見ると目には生気が感じられない。天名さんにもしもの事があったら、この人はどうなってしまうのだろうか。
 教えられた病室の前に着く。ドアを開けようとすると、後ろから服を引かれた。

「どうしたんですか?」
「………っ、」

 見るとメイノさんは唇をかみしめたまま俯いていた。裾を掴む手は小さく震えている。限界まで見開かれた目には恐怖が浮かんでいた。
 ――ああ、怖いのか。

「大丈夫ですよ。」

 情けなく震えるこの人がまるで幼い子供のようで、思わず手を取りギュ、と握る。その手はひどく冷たい。
 きっとこの人は、最悪の事態を予想して怖くなってしまったのだろう。でも確かめなければならないことは分かっていて、だけど怖くって。それをうまく言葉で説明できなくて、どうすればいいのか分からないんだ。

「きっと、大丈夫。このドアを開ければいつも通りです。頑張りましょう、俺も、いますから。」

 なんとか安心してほしくて握る手に力を込めて微笑む。ディーノさんや天名さんがたまに、妙にメイノさんを甘やかす理由が少し分かった。普段底抜けに明るく振る舞う人だから、元気がないのを見ると何だか落ち着かない。

 メイノさんの手を掴んだままドアを開ける。

「む、沢田にキャバッローネか!見舞いに来てくれたのだな!」
「情報はえーな。」

 そこには思ったよりも元気そうな二人がいた。至る所包帯で巻いてあって、かなりの大怪我なのだろうが。二人の態度はあっさりしたもので、大騒ぎしていた俺たちが馬鹿みたいに思える。

「よかったですね。メイノさ、」
「うあ゙ーーー!じろくんの美しい顔に傷がーーー!!」

 俺が話しかけると同時にメイノさんが勢いよく飛び出し、天名さんの方に飛び掛かる。天名さんの顔を手で挟んだり肩をガクガク揺さぶりながら何やら叫び続けている。

「じろくんじろくん、じろくん―!超心配したんだからね、わかってる!?」
「おい、誰だ。こいつを連れてきやがったのは。」
「いや…なんていうか……すみません。」
「俺に許可なくこんなに怪我して……
じろくんのばか!まぬけ!好き!!」

先程とは別人のように騒ぐメイノさんを見れば、心配するのも馬鹿馬鹿しくなってしまう。何だったんだか。
二人とも、大したことなくて良かった……と言える程度の怪我ではない。特にお兄さんの方が酷い怪我だった。天名さんの方はベッドから動けるようだけど、お兄さんはベッドから降りられないようだ。それにメイノさんは「天名さんは先に学校に行ってしまった」と文句を言っていたのに、鞄も持っていないしそもそも制服ですらない。
 どういうことなのだろうか。
 疑問を口にしようとしたところで、扉が勢いよく開いた。

「お兄ちゃん!?」

京子ちゃんが血相を変えて病室に飛び込んできたのだ。そりゃそうだ……お兄さんが病院に運ばれたなんて聞いたら、居ても立っても居られないだろう。

「お兄ちゃん!どうして銭湯の煙突なんて登ったの!?」

どんなーー!?お兄さんちょっとどんな嘘だ、それ!?メイノさんでさえ「何それ…。」とか言って呆れている。そんな嘘、信じる人がいる訳がない!
しかしそれでもお兄さんは“煙突から落ちて捻挫した”というのを押し通そうとしている。煙突とか捻挫とか……いくらなんでも無理がありすぎる。京子ちゃんもなかなか信じようとしない。

「ねえお兄ちゃん、捻挫なんてウソなんでしょ?本当のこと言って!」
「俺は嘘などつかんぞ!疑うならば天名に聞いてみるがいい。天名も俺と一緒に煙突から落ちたのだからな!」
「はあ!?」

お兄さんからとんでもない振りを貰って、叫んだのは天名さんだ。まあ、天名さんは煙突に登るような人じゃない(というか普通の人は登らない)し、何よりそんなマヌケな濡れ衣を着せられたら否定したくなる気持ちもわかる。
しかもそれを聞いた時のメイノさんの反応がいけない。一瞬ポカンとしたと思ったら、次の瞬間にはベッドに顔を埋め、震えるほど笑っている。

「天名さん…本当ですか…?」
「……ああ…まあ………、」

お兄さんの京子ちゃんに心配を掛けたくないという気持ちを汲んだのだろう。不名誉な濡れ衣を額に青筋を浮かべながらも肯定した。流石に天名さんが冗談を言うとは思わなかったようで、京子ちゃんはようやく納得した。

「お兄ちゃん……あんまり危ないことしないで。お兄ちゃんに何かあったら……私………、」
「ぶふっ……そうだよ笹川。じろくんも煙突に上るなんてお茶目なこともうやめてねっ……!」

 お兄さんへの心配で瞳に涙を浮かべる京子ちゃんと、笑いを耐える為に涙目のメイノさん。ちなみにメイノさんは言い終わると耐えきれないといったようにヒーッと爆笑し始めて、天名さんの鉄拳を食らっていた。



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