「お祭り?委員長さん行くの?」
「そうだよ。」

お祭りなんて委員長さんの嫌いな群れの固まりだ。この人なんだかんだで人混み好きなんじゃないの?
とか思ってたら、治安維持と活動費の取り立てに行くらしい。……治安維持はまだいい。高々中学生が何やってるんだとは思うが、風紀の仕事の一貫と言えばそうなのだろう。でも、活動費って何だよ。何で委員長さんがそんなもの徴収してるのか。聞くのも面倒くさいから聞かないけど。

「そっか大変だね、がんばって。」
「何言ってるの。君も行くんだよ。」
「何を当然のように………まあいいけどさ。」
「今回は嫌がらないんだ?」
「嫌がっても無駄じゃん。あんた俺の頼み聞く気ないでしょ?それにお祭りには行ってみたかったし。」

欲を言えば、委員長さんとじゃなくじろくんと行きたかったけど。じろくんは多忙ですからね、仕方ないんですよ。だからまあ委員長さんで我慢するんだ。
活動費の取り立てとかはどうせ委員長さんが全部やってくれるだろうし、俺は日本のお祭りを堪能するとしよう。

「そういや、活動費って何円くらいなの?」

何の権限があって集金してるのかは知らないが、中学生の委員会が集める程度だ。千円か2千円…………いや、委員長さんの事だから5千円はぶん取るのかもしれない。

「5万円だよ。」
「へー、5万円……………5万円!?ふざけてんの!?」
「何が?」
「取りすぎに決まってるでしょそんなの!屋台の人かわいそう!」
「屋台潰されるよりはいいと思わない?」
「知るかよ!!」

もう嫌だ!委員長さんといると俺がツッコミ役にまわらなきゃいけないんだよ。俺ツッコミキャラじゃないのに………。
沢田が欲しい。それかじろくん。

「まあそういう訳だから。そろそろ行くよ。」
「え、もう?」
「屋台がどれだけあると思ってるの。早く行かなきゃ終わらないでしょ。」
「そうですか。
……………て、うわあ……。」

委員長さんに続いて応接室を出て進むと、後ろに着いてくる風紀委員の面々。学ランリーゼントの厳つい集団を引き連れて進む。

「え、まさかお祭りこんな状況で行くの……?」
「当たり前でしょ。遊びに行く訳じゃないんだよ。」
「何人連れてくのさ…………人には群れるな群れるな言ってるくせに。」
「僕は群れているんじゃない。付き従えているだけだ。」
「そんなの屁理屈だよ…………。」

ただ街を闊歩しているだけで人々は皆逃げていく。………当たり前だ。こんな集団、俺でも避けて通る。
こんな感じでお祭り行っても楽しくないよ。お祭りって皆でワイワイするのも醍醐味じゃないか。こんな圧力感じながらで楽しめるものではない。………委員長さんと二人だったらどうにかなるだろうと思って来たのに予想外だ。
そもそもどうして俺着いてきてるんだろう。風紀委員一行様の中で明らかに異質だ。俺必要ないじゃん。何だろう、マスコットキャラ的な存在?黒ずくめの集団に色味を与えたかったとか、そういうやつか?

「君にマスコットとか、そんな癒しの効力求めてないから安心しなよ。」
「だから勝手に心読んで嫌味言うのやめてくれないかな!?」

そうこうしている内に祭の賑わいが近づいてくる。まだ早い時間帯だからか人はそう多くはないが、屋台は営業している。ちらほらと浴衣の人もいた。
いいな、俺も和服着てみたい。
折角だから何か食べようと思って辺りを見ると、目が合った人々は勢いよく下を向く。…………え、何で?疑問には思いつつも近くにあるチョコバナナを買いに行く。屋台のおじさんは俺が近づくと顔を青くする。

「あの、一個くださ」
「ひいい!タダでいいです!潰さないで下さい!」
「はあ?」

怪訝な顔をするとおじさんは更に縮こまる。後ろで風紀委員が屋台を潰そうという声が聞こえ合点がいく。
………つまり、大変不本意なことに俺はこの集団の一味だと思われている訳だ。
顔をひきつらせるとおじさんはまた悲鳴を上げるし、もう購入は諦めた方がいい。だけどタダでいいと言われたってそれで貰っちゃうほど非常識じゃないし非情じゃない。だってこの人、委員長さんに5万も支払っているんだよ?俺に奢る余裕なんてないだろう。

………やっぱりこれじゃ楽しくない。

誰も何も売ってくれないし、それどころか畏怖の目で見られて。お祭りを楽しむどころじゃないよ。
そう考えてガッカリしているうちに、委員長さんはまた違う店に取り立てに行った。
精がでますね、本当に。

「って、えぇーーー!?雲雀さんーーー!?」
「テメー何の用だこら!?」

周りの喧騒にかきけされない程の大声だ。聞き覚えのある声に小走りで近づく。

「問題児トリオだ!!」
「メイノさんまで!?
というかその呼び方やめて下さい!!」

沢田達の姿を見て思わず顔が綻ぶ。

「すごい!お店開いてるんだ。美味しそう!」
「よ、会長!チョコバナナ買わね?」
「買う買う!
風紀委員に着いてきたら皆怯えちゃって誰も売ってくれないんだもん!」
「テメーにくれてやる商品はねーよ!」
「あらら?獄寺さんたらお客様にその言葉遣いはないんじゃない?」
「テ、テメーっっ!」

獄寺もからかうと楽しいなあ。
お金を渡すと文句を言いながらもうちのチョコバナナはベルギー産のチョコを云々語り始める。面白い奴だ。
チョコたっぷりつけてね、とリクエストすると図図しいんだよ!と怒鳴ってきた。……きたけど、しっかりチョコを重ね塗りしてくれた。何だよいい奴かよ。

「メイノ、終わったからそろそろ行くよ。」

俺と獄寺が楽しく話している所に、委員長さんが割り入ってきた。どうやら活動費徴収という名のカツアゲは終わったらしい。

「えぇー……てか俺沢田たちがいるならこっちに仲間入りしたい。委員長さんといると本当屋台のおじさんに申し訳なくなるし。」

絶対沢田たちといたほうが楽しいし。
そう言うと普通に殴られた。痛みに悶えていると、そのまま襟首をつかまれてひきずられる。そんな俺に山本がチョコバナナを手渡すけど、状況見てくれよ。寧ろ普通に助けてよ。
そう思って恨めしく見るが、山本は何を勘違いしたのかにこやかに手を振ってくる。

委員長さんは委員長さんで人が黙ってるのを良いことにずっと襟を引っ張ってくる。

「ちょっと委員長さん!いい加減苦しいんだけど!」

逃げないから離せ!と暴れるとすぐに手を離された。

「君逃げる気満々でしょ。」
「………………気のせいだよ。」

もう嫌だ。なんでこの人俺の考え読むのさ。心読めるのはリボ先生だけで十分です………。手は離されたが、明らかに牽制されてしまったのでカツアゲしている委員長さんの後をとぼとぼ追う。

……うん、追ってたつもりなんだよ?でもぼーっとしてたからさ。別に故意ではないんだ。言い訳とかじゃなく。
まあ、つまりはぐれました。だけど俺だけが悪いわけじゃないよね。委員長さんが一人で勝手に行っちゃっただけで。
という訳で沢田たちのトコに戻ろう!やったね!わざとじゃないしね。はぐれちゃったから仕方なく行くんだよ、仕方なく!

「あれ………?」

沢田たちがいたはずの屋台に意気揚々と戻って来たら、獄寺も山本もいなかった。唯一いた沢田も“ドロボー!!”と叫びながら走って行った。
また沢田の不憫体質が発動したのかね……。
…………よし。

「おもしろそうだから俺も行くー!!」

一人でいるのも暇だし。本当は獄寺や山本が戻ってくるのを待つのが正しいんだろうけど、そんなの知らないよ。楽しそうなほうに惹かれてしまうのは人間の性だよね。






ああ、なんで俺ってこうもツイてないのか。
せっかくみんなで稼いだお金が盗られてしまった。俺が一人になった瞬間の話だ。慌てて犯人を追いかけてみたら、この間海に行った時のライフセーバーの先輩方。しかもやたらと大勢いる。
……しかもしかも。

「うっわー……こんなにたくさんいるのに全員不細工とか本当感心だよね……。」
「あなた本当もう黙っててくださいっっ!!」

一番厄介な人までいるし!さっきからコレなんだよ、もう!メイノさんのせいで目の前の不良たちは頭から湯気が出る程怒ってる。
それを見て、またメイノさんは変な顔ー!と笑い出す始末だ。

「いい加減にしてください!てかなんでいるんですか!雲雀さんは!?」
「楽しそうだからついて来たんだよ。委員長さんとははぐれちゃった。」

そう話している間にも、ナイフやバットなどいろんな武器を持った不良が迫ってくる。
思わずひぃ!と叫ぶと、メイノさんはキョトンとしながら沢田いつもダイナマイト見てるのにこんなもん怖いんだ?と言ってくる。

「だからあんたなんでそんなに余裕なんだよ!?」
「大丈夫大丈夫。本当にやばくなったら本部の番号知ってるから警備員寄こしてもらうよ。そしたらすぐ来てくれるだろうし……ちょっと殴られるだけだよ。
……それにさ、こーんなにたくさんの不良さんがいて、委員長さんが気づかない訳ないじゃん。」
「あ………。」

メイノさんが何となしに言った言葉に納得する。確かにそれなら……と思った時、鈍い音をたてて不良の一人が吹っ飛んだ。




「うれしくて身震いするよ……うまそうな群れを見つけたと思えば、追跡中のひったくり犯を大量確保……。」
「ほら来た。
ね、沢田。この人何だかんだ群れ大好きだよね。」
「好きじゃない。捕食する側としてにおいで分かるだけだ。」
「やっぱりこの人頭どうかしてるよー……。」

委員長さんの発言にげんなりする俺と対照的に、沢田は目をキラキラさせている。きっと委員長さんが正義のヒーローにでも見えてるんだろう。…………でも沢田、思い出せ。風紀委員長こと雲雀恭弥様は基本自分のことしか考えてないよ?正義のせの字もない。沢田も何回も病院送りにされたの忘れたのかな?
沢田って結構忘れっぽいんだ。ま、そうでなくちゃあんな濃いメンツと一緒になんかいれないけどさ。

「集金の手間が省けるよ。君たちがひったくってくれた金は全て風紀委員がいただく。」
「あんた5万円も取っておいてまだ搾取する気……?」

驚きを通り越して呆れちゃうよまったく。沢田も、あの人自分のことばっかだーー!!って嘆いている。よかった。目を覚ましたんだね、沢田。

「うるさいメイノ。……勝手に逃げて。後で覚えておきなよ。」
「はあ!?ちょっと待ってよ!逃げたんじゃなくてはぐれたの!!」
「言い訳は聞かないからね。」

言い訳じゃないし!
文句を言おうと再び口を開きかけるが、その前に不良の親玉らしき人が怒鳴ってきた。

「テメーら余裕ぶっこいてんじゃねーぞ!……はっ、だがそれもいつまでもつかな。中坊一人しめるのに、後輩を呼びすぎちまってな……奴ら、力を持て余してんだわ。」
「何人いるのーー!?」
「うわ、最悪。」

…………何て言うか。中学生相手にこの人数ってバカ?力持て余してんなら足りないでしょ。もし沢田だけならさ。
話を聞く限りではこの不良さん方は沢田に恨みがあるらしい。逆恨みだが。
というかナンパ目的のライフセーバーはまあいいとして、人命救助のバイトしてるのに獄寺や山本を怪我させようとしたり………挙げ句の果てにひったくり。そして更に罪もない中学生二人(俺と沢田ね)を暴行したとすれば………。うん、通報する案件じゃないかな。全員もれなく豚箱………とまではいかずとも、少なくとも首謀者は謹慎とか罰金では済まないよ。それが分かっているから俺はそれなりに落ち着いていた訳だけど。

…………ただ、委員長さんが来たからには通報する訳にはいかないかな 。
だって、この人今から正当防衛を軽々越えた暴行を働くんだから。捕まるのがこっちになってしまう。

「いくら雲雀さんでも……この人数はまずいんじゃ………。」
「かもね……。」

正確には、“委員長さんは”まずくなんかない。けどこれだけいると、いくら委員長さんでも一気には倒せないと思う。それで、委員長さんが無理だと悟った不良さんたちは弱そうな奴らに狙いを定めるはずだ。つまり、俺と沢田はピンチだよね。いざとなればお祭り本部に連絡して警備員を呼ぶという俺の計画も委員長さんのせいでできない。
どうしようかなと考えていたら、とっても聞き覚えのある声が聞こえてきた。

「ならお前も戦え。」

……ああ、嫌な予感。トラウマ再来。
いつからいたのか、今来たのか。リボ先生が沢田に銃弾を放った。

「復活!死ぬ気でケンカー!」
「うああああ……………。」

やっぱり………。白目の沢田になっちゃったよ。俺は不良にプルプル怯える沢田が大好きなのに。こんな好戦的なの、沢田じゃない。さっきまでのプルプルな沢田と一転、不良さんたちに果敢に挑む沢田。大好物の群れを沢田と分けっこするはめになった委員長さんはぶつぶつ文句を言ってるけど、今回ばかりは委員長さんに同調したい。……沢田……。

とりあえず被害を被るのはごめんだから、目を盗んで先生がいる安全地帯へ避難する。

「兄がヘタレなら、弟もヘタレだな。」
「しょうがないじゃん!実際足手まといなんだから。」

白目の沢田と委員長さんがいれば、もう戦力としては十分すぎる。逆に不良さんたちに同情したいくらいだ。
一体どんな惨劇になることやら、と思いつつ騒動の中心に目をやったその時、爆発音がして、土埃が舞った。……………獄寺と山本の登場だ。

「ちょっと先生……あの2人呼んだの先生だよね?」
「そうだぞ。雲雀と初の共同戦線だな。」

心なしかウキウキしている先生。かわいい。でも委員長さんの辞書に“共同”“協力”の文字はないよ。現に今も「金は全部僕がもらう。」とか意味不明なこと言ってるし。それに沢田たちが言い返しながら攻撃開始。みんな元気だなあ。

「じゃなくて!」
「なんだ?」
「いくらなんでもあの2人まで参加しちゃ、不良さんたちがかわいそうでしょ!沢田と委員長さんだけでも力の差は歴然なのに…何この一方的なケンカ!?」

もはやこんなの喧嘩でもない。例えるなら、そう……狼4匹と子羊の群れ。ここまで負けがはっきりしているのに、諦めずに向かっていく不良さんたちを見ると泣けてきちゃうよ。なんだか無駄に応援したくなっちゃう。……いや、悪い奴らなのは知っているんだけど。

「正当防衛だぞ。」
「いや……これはもう正当防衛の域を…………
いえ、なんでもないです。」

正論を言おうとしたら先生がとてもイイ笑顔を向けてきたので黙って口を紡ぐ。
不良さん達にはドンマイとしか言いようがない。4人の手により辺り一面人、人、人。地獄絵図。まったく、これに懲りたら悪い事はやめるんだよ?
生きてるのかな、と思って倒れている人々を確認して歩く。流石に殺していたらまずいじゃない。………リボ先生と委員長さんなら揉み消しそうだけど。 そうすると意外なことに皆息はあるんだよね。虫の息だけど。すごいじゃん、絶対雑魚だと思っていたけど案外やるもんだ。

そうして不良さん達をつついたりなんだりしていたら、委員長さんに突然背中を蹴られた。

「はああ!?なんで俺蹴られたの!?」
「うるさいな。勝手に逃げたりするからだ。用は済んだんだからさっさと行くよ。」

一人で勝手に行けよ、という言葉を飲み込んでちらっと委員長さんの手元を見ると………あー、やっぱ持ってるね。当然だというような顔でひったくり被害のお金が入った金庫を。
さっきから沢田がすがるような目で俺を見てくるのはこのせいか。でも無理だよ。ご期待にはそえません。この人俺の意見なんか聞かないもん。そういう意を込めて腕でバッテンをつくると、沢田がガックリとうなだれた。うーん、ちょっと罪悪感?沢田って何気おとすのうまいよね。なんだか同情しちゃって、何かしてあげたくなってしまう。
一応駄目元で一言だけでも言っとくかな。多分無駄だけど。
この俺が珍しく親切心を披露しようとしたが、それは獄寺に阻まれた。

「テメー俺らの金返しやがれ!!」

さすがは獄寺。委員長さん相手にも怯みませんね。だがしかし委員長さんもあれだ。怒りをあらわにして怒鳴る獄寺を一瞥しフゥ、とため息をついた。

「“俺らの金”?何言ってるの。僕の手に渡った時点で、これは僕のものだ。」
「はは、それはないだろ、雲雀ー。」

暴れまくる獄寺を抑えつつ、山本が笑いながら言う。……この状況で笑顔でいられる山本って本当にすごい。天使の生まれ変わりか。でもやっぱり委員長さんは天使の言葉にも耳を貸そうとしない。罰当たりなやつめ。
そうこうしている間にまた乱闘が始まりそうだ。今度は獄寺対委員長さん。まあ、俺に危害がなければどうでもいいけどね。

「メイノさん〜〜……、」
「……沢田……そんな目で見ないでよ。」
 
 なんか俺が悪いような気分になっちゃうじゃない。悪いのは委員長さんなのに。

「心配しなくても獄寺が何とかするって。
 正確に言えば、獄寺がひとしきり暴れた後、山本か先生が何とかするって。」
「それが嫌なんですよ!雲雀さん、何だかんだでメイノさんの話はそれなりに聞いてくれるじゃないですか……。」
「え、お前今まで何見てたの?ただの一度も話聞いてもらったことないけど?」
「問答無用で殴られてないだけで十分ですよ……。」
「いや、問答は俺が必死に言ってるだけでさ。問答言った後普通に殴られてるんだけど。」
「……そうじゃなくて……、」
「口答えすんなー沢田のくせに生意気だぞー!」

 委員長さんが俺の話をちゃんと聞いてくれるなら俺は今日ここにいないよ。沢田はどんな幻を見たんだ。
 俺が否定しても尚不服そうにする沢田の頭を仕返しにわしゃわしゃかき回す。うん、自分の意見言えるようになったのはえらいけど、沢田は最近俺に対して若干冷たくなったからな。突然の事に沢田はわたわた慌てる。

「わ、ちょっ……やめ……!!」

 容赦なくかき回し続けると、自身の髪で前が見えないのか手をばたつかせている。……それでも俺を突飛ばしたりしない辺り、優しいというか甘いというか。俺にとっては都合がいい。委員長さんや獄寺だったら俺は殺されている。こんなに可愛らしい抵抗で俺がやめるわけないのに沢田は一生懸命バタバタしている。沢田ってばいつまでも俺という人間を把握しないね。そんなんだから弄ばれるんだよ、俺みたいな奴に。俺はそんな沢田が大好きだけどね!

「ちょっといい加減に……!」
「それにしても沢田の髪どうなってんの?ふわふわというかもふもふというか……。」
「………!?ぎゃああああああああ!!!!ああああんた何すんだよ!?」
 
 構造が謎だ。ホテルにあるような大きな羽毛の枕がこんな感じだけど、生き物でしかも人間の髪でこんなんあるんだろうか。すごい。沢田の髪の毛っていうのを公表しないまま枕製造して売ればヒットするんじゃないかな。真実知られたら超クレームきそうだけど。そんな事を考えながら目の前の体をホールドして髪に顔をうずめると、沢田がものっすごい叫び声をあげる。

「鼓膜破れちゃうよ沢田ー。………うえ、沢田の髪埃っぽい。」

 プラス、煙くさい。ずっと外にいたからしょうがないけど、理想の枕を思い描いて顔をつっこんだ俺からすれば幻滅だよ。ペッペと唾を吐くふりをしながら離れると、沢田は結構ガチで怒っていた。

「何てことするんですか!?前から思ってましたけどあなた距離感おかしくないですか!?」
「ごめんごめん。だって沢田ったら超いい反応するからさ。
 ほら怒んないの。よしよししてあげるから。」
「だからそういうのをやめろって、
 ……ぐふあ!?」
「沢田っ!?……っいっったあーー!?」

 俺と沢田が話していると、俺のすぐ横をヒュ、と何かが通り過ぎ、それはぷんぷん怒る沢田の顔にめりこんだ。それが委員長さんが投げたトンファーだと認識する前に、俺にも強烈な一撃が降ってきた。
 ちくしょう、獄寺は何やってんだ。そう思い見れば、今にもこちらへダイナマイトを投げようとしている獄寺を山本が抑えていた。……この状況でダイナマイトまで飛んできたら、俺と沢田は確実に死んでる。山本マジ天使。

「何すんのさ委員長さん!?」
「君こそいつまで遊んでるつもり?もう帰るよ。」

 いや委員長さんが沢田たちにお金返してあげたら帰りますよ。
 そう言おうとしたけど、委員長さんは一刻も早くここから立ち去りたいらしく、競歩で歩いていく。今度は獄寺の「テメー待ちやがれ!」の声にも、ダイナマイトにも反応しない。

「うう………ど、どうしよう……せっかく稼いだのに……。」

 ヘタ、と沢田が座り込む。目には涙も浮かんでいて今にも泣きそうだ。俺、沢田からかって嫌がる顔を見るのは超好きなんだけど……なんかさ、ここまで落ち込んでると本当かわいそうになっちゃうよ。庇護欲をそそられるというか。俺のなけなしの良心が疼く。

「……しょうがないね。今委員長さんからとるのは無理だろうし、肩代わりしてあげる。後で俺が委員長さんから返してもらうよ。」
「え!?で……でも、結構な額ですし……。」
「大丈夫。いくらか知らないけどひったくられる程度の金額ならすぐ用意できるよ。」
「さ……流石にそこまでしてもらうのは……。」
「お前さっき俺に委員長さん説得させようとしてた癖してそこは遠慮するの?
 てか本当にいいよ、俺の金じゃないし。お礼なら兄さんに言って。どうせキャバッローネの金だから。」

 まあすぐに委員長さんに請求してやるが。じゃないと流石に俺の生活費がやばい。当面は大丈夫だけど長い目で見るとね。あの人も別に金に困っているわけでもないし、しつこく言い続ければ1か月くらいでウンザリして投げ返してくる気がする。

「良かったね沢田。持つべきものは俺みたいな金持ちの先輩だよ。」

 あ、でも沢田もボンゴレなら将来有望だね。そう言えば苦々しい顔をする。マフィアにはならないって、そう言いたいのだろうけど。利用できるものはすればいいのにな。

「じゃあ俺はそろそろ失礼しようかな。」

本当はこのまま沢田たちといても良いんだけど、後で文句言われるのなんか目に見えてる。仕方がないので委員長さんの所に戻ろうかと思って、さっきからメールしているのに見ていないようだ。まあ、目立つ人だからそのうち見つかるだろう。
 まあ、気長に探そうと思って散策がてら歩き回る。……だけど、これで先に帰られていたらさすがの俺も怒るからね! 
偶々会った風紀委員の人に聞いても見ていないと言われてしまったから、先に帰られた説も否定できない。携帯も見ていないのか無視されているのか、一切の反応がない。

「俺も帰ろうかな……。」

ぼんやりと散策しているうちに、お祭りの興奮を含んだ空気が消えた代わりに、花火の上がる音が強くなる。花火の打上が始まっていたらしい。体全体を包み込むような振動を感じる。きっとこの辺りから打ち上げているんだろうと想像したとき、ふと疑問が浮かんだ。

一際大きな音が響いた。

「……なんで……俺、こんな所まで来たんだろう……。」

むしろなんで今の今まで、こんなに真っ暗なことに気づかなかったのか。さっきから花火の音はするのに、周囲に立つ木々のせいか光は全然届かない。

「戻ろう。」

 そう言ったのは、走り出した後だった。
 無意識にこっちに向かっていたみたいだけど、やはりこれ以上は進めないと、“なんでか”思った。なんでかなんて分からないし、わかってはいけない。考えてはいけない。
 そう分かっていても、思ってしまう。ここはきっと、来たことがある。俺にとって大切な場所だ。だから無意識にでも引き寄せられた。でも行ってはいけないんだ……少なくともじろくんが許すまでは。早くここから離れなければいけない。俺が何かを思い出す前に。
 考えたくないのに勝手に頭が動く。思考を振り払うように全力で走った。

「何やってるの、変な顔して。幽霊でも出た?」
「い、委員長さん……。」

林を抜けると同時に、進行を阻むようにぶつかった。顔を上げると呆れた声を向けられる。何とか自然に振る舞おうと口角を上げるが、不自然に歪んだだけだった。

「なんで変なところに進んでるんだ。この先にはもう墓地しかないよ。」
「ぼち。」
「墓地。お墓。日本語分かる?君本当に頭おかしくなった?」

 走ってきた道を振り返る。頭から血の気が引いて体がブルブルと震える。
 これは、まずい。−−−だって、そんな。



「ねえ、ちょっと。」

 呆然と後ろを見る彼に再び声を掛けると、急に差し出された両手に口を塞がれた。俯きがちの表情はよく見えないが、口元に触れる手の震えは確かに感じた。突然の事に抗議もせず彼をただ見やる。

「お願い、今は、黙って。俺今、混乱してる。」

 ちょっと時間くれたら、すぐ元通りだから。
 ようやくこちらを見た顔は下手くそに笑っている。目が合うとまた顔は伏せられた。
 ……元通りって何なのだろう。それは僕の望むものなのだろうか。いい加減追及したい気になるが、彼の必死の形相を見るとそうもできない。何も言おうとしない僕に安心したのか、手が外れる。その手で自身の顔を覆って深くため息をついた後、パ、と顔を上げた。

「帰ろう。」

 そう言った彼は不自然なほどに自然だった。ヘラヘラ笑う顔も声も、常のメイノ・キャバッローネだった。

「ていうか委員長さんちゃんと電話出てよね。無駄に歩き回っちゃったじゃん。」
「………腹が立つ。」

 本当に腹立たしい。こんな風に誤魔化して何になるんだ。核心に触れる事は何も知らないけれど、彼と天名が不毛な事をしているらしい事は何となく理解できた。
 僕の呟きにメイノは身を固くするが、それも瞬間的なものだ。軽く息を吐いた後困ったように笑っていた。どうやら気まずいという感覚はあるらしい。しかし、だからといって妥協する気もないのだろう。
 話は終わりだとでも言うように横を通り過ぎ足を進める彼の腕を掴み、引き寄せた。

「………な、に…、」

 抱き寄せた体は厭に小さく感じた。胸に添えられた手が押し返すように軽く動く。抵抗にも何にもなりやしない。力が一切込められていないこの動きは、彼が本能的にした形式ばかりのものであろう。
 何故君はそんな顔をするんだ。
 何故僕に何も言わないんだ。
 ……何より。

「どうして……君の中で何もなかったことになってるの……。」

 それが一番嫌だった。忘れられている方がマシだ。彼の中にもうないというこの状況よりは。

「なんのこと……?」
「………小さい頃の、」

 そう言った瞬間、体を突飛ばされた。

「なに、それ。勘違いしてない?
俺は中学で初めて日本に来たんだよ。それまでずっとイタリアにいたし。あ、もしかして委員長さん昔イタリア来たとか?ごめんねー忘れちゃって。俺過去は振り返らない男だから、」
「それ、本当に君覚えてるの?」
「………………え?」

 茶化すように動く口が笑った形のまま止まった。きっと彼が行ってほしくない言葉だろう。でも、もういい。彼が意地になっていたとしても、こちらだって言いたいことがあるんだ。
 ……僕との記憶を捨てたんだ。このくらいの意趣返しは許されるだろう?

「ずっとイタリアにいたって、本当に君の記憶かって聞いてるんだ。
君は、幼い頃のことを何か覚えてるの?」
「意味、わからない。俺の中にあるのだから、俺の記憶だ。
そんな聞かれても、誰だって小さい頃のことを詳しくは思い出せないでしょ?
覚えてるよ。
小さい頃は……ずっとじろくんといた。一緒に遊んでた。」
「どうせ、天名以外の記憶なんてないんだろ。」
「違う、……違う。
ちゃんとある。兄さんのことも、先生のことも。ちゃんと覚えてる。」

 僕に語り掛けるというよりは、自分自身を洗脳しているように見える。

「そんなの後から与えられた情報を記憶だと思い込んでいるだけじゃないの。天名についての記憶だって怪しいものだね。天名は君に多くを隠している。そのせいで君は混乱してるじゃないか。おかしいよ、君たちは。どうして天名に聞かない?何故無条件に信用できる?」
「じろくんの悪口言わないでよ!」
「………。」
「いいよ、変でもなんでも。勝手に軽蔑でもしてればいいじゃない。あんたには関係ない。理解なんかされたくない!俺にはじろくんがいて、じろくんには俺がいる……それでいい。」


「それ以外何もいらない。何なの、もう……もう嫌だ。
………沢田も獄寺も山本も笹川も…先生も………兄さんだっていらない!委員長さんだって、いらない……!」

 パシリと軽く頬をはたかれる。それをしたのが委員長さんだなんて信じられないくらい弱々しい。全く痛くなくて、それに気づくと涙がこぼれた。苛立ちなんか、一瞬にして萎んでしまった。
 もう……訳が分からない。関係ないじゃん。
 何も、知らないくせに。
 ………俺に“何か”あるのなんか気づいてるよ。俺自身のことだ。……それでも、じろくんが必死に隠すならそれでいいと思った。知りたいなんて、思わなかった。
 それでいいじゃないか。俺は今が楽しいんだ。じろくんが一番大事なのは変わらないけど、沢田や獄寺、山本、笹川と一緒にいるのだって楽しいんだ。いらないなんて思ってない。委員長さんだって大切だ。
 なんでそれじゃダメなの。なんで壊そうとするの。

「俺に、どうしてほしいの……。」

 その問いかけには誰も応えてくれなかった。



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