「……お、お母さん?」
「………」
目の前の子どもは静かにお母さんを揺さぶる。ゆっくりと、転た寝している所を起こすように。
ゆさゆさと子どもが揺さぶる。回りには黒い霧たちがうようよと浮いていた。まるで『もうソレは死んでるんだよ!』と言うかのように。
「お母さん、僕…お腹空いたよ…」
「………」
「お母さんのご飯が食べたいよう」
「………」
「きっ…キライなニンジンも食べるよ?」
「………」
「僕…お母さんみたいに、強くなりたいもん…」
「………」
子どもは目にうっすらと涙を浮かべはじめる。
ゆさゆさ
さっきより強く揺さぶる。それでも瞳を閉じたオカアサンは起きない。片手で揺さぶっていたのを両手に換える。
回りの黒い霧の何処からか、ケタケタ笑い声が聞こえる。一つではない…二つ、三つ…いやそれ以上の数の笑い声が薄暗いフロア全体に響き渡る。頭に残る…不吉な笑い声。
「おっ、お母さん!起きてっ!ねぇ!」
「………」
「ねぇ!こ、今度はっ…僕が守るから!」
「………」
「黒い人たちから守るからっ!!!!」
「………」
「だから、だからっ」
「…もういいだろ」
今まで子どもとオカアサンのやり取りを黙って見ていた少年が声をかける。子どもはぼろぼろと溢れ落ちる涙を袖で拭う。それでも止まらない。少年のそばにいたピカチュウがハンカチをソッと差し出す。
「ぇっ…ふぇぇえ!!お母さぁん!!」
「………」
「かえっ、返してよぉお!!お母さん返してよぉぉぉ!!」
「……泣いても…お母さんは帰ってこない」
「ちょっ!?マスター!」
「けど」
少年は赤い帽子を深く被り直す。その帽子の影に隠れた真っ赤な瞳は静かに…確かに燃えていた。
「敵は…とる」
泣きじゃくる子どもの頭をぽんぽんっと優しく撫でる。
少年は静かに歩き出す。子どもは少年と、それを追いかけるピカチュウの背中をただ黙って見ていた。
回りの笑い声が一層大きくなる。まるで『無理に決まってる!』と嘲笑うかのように、大きくなった。
少年はギッと黒い霧の方を睨み付ける。するとケタケタという笑い声が一瞬にして止まった。少年の無言の圧力に負けたか、或いは殺気に気圧されたか…
辺りはしーんと静まり返る。自分達、生きているモノ達の呼吸しか聞こえないほど静まり返る。
「お母さん…」
「………」
されど死人は口聞かず
泣くのは止めるね…
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