日当たり良好、窓際最前列 | ナノ

∵ せきがえ


俺のクジ運も捨てたもんじゃない。

今まで散々席替えでは運の無さに嘆いてきた俺だが、今回ばかりは文句のつけようが無い。最高だ、最高過ぎるぜ…!

今回の俺の席…
それは、


「窓際最後尾…きたこれぇ…!っしゃあ!」


密かに(全然密やかでは無く)ガッツポーズを取る

日当たり良好で最後尾
居眠りしやすく、寝心地も最高に良い。これ以上に優良な席があるなら教えて貰いたいな


「ふ、ふふふ…、ふははははぁッ!」


思わず高笑いを浮かべてしまう。それくらいに最高の席だということだ、決して頭がイったわけではない


「八田ぁ!うるさいぞ!」

「すんませーん…」


先生の声が遠い
一番後ろって素晴らしいな、前回の席が一番前だったりしたから余計に素晴らしく感じる

もう一度言おう


俺のクジ運も捨てたもんじゃない!!!!


最初に思った事を繰り返すようになってしまうが、改めて思ってしまうものは仕方が無い。良くやったな、俺の左手。

しかし俺は此処に来て気付く
俺は自分では言いたくないのだが一般的な中学生にしては少しだけ身長が小さい。少しだけだ、本当に少しだけだ!

身長をコンプレックスとして抱えている俺は、なんだかんだで今まで一番後ろの席というのを体験した事が無かったのだ

…前置きが長くなった
自分でも今の現実から目を逸らしたいから仕方が無いことだ

結論から言って、


……黒板が見えねえ!


前の席の男が壁になって全然見えねえ!無駄に身長だけあるな、誰だよちくしょ――

前の席の男を穴が開くくらいに見る(もっとも穴が開いたら開いたで俺的には嬉しい、視界良好になるしな)

と、今更ながら

本当に今更ながらになってしまい申し訳ないのだが、男の背中に見覚えがある事に気付いた。見覚えがある、なんて生易しいレベルじゃない。毎日見ている、目に焼き付いている背中だ

俺が男の正体に気付いたと同時に、男が体を90度回転させて俺の方を向いて一言


「よぉ、美咲ちゃん。やあっと俺に気付いてくれたんだあ?」

「え、あぁ…猿比古。……ってえ!なんで知ってる!?」

「お前さあ、思ってること口に出すのは良くねえと思うぜ?」


聞かれてたあああ!
え、なんだこれ軽く死にたい位に恥ずかしいんだけど。

つうか、俺が猿比古の事に気付いて無かった事もバレちまった。どうしようか、絶対おこってんだろうな…

こうなったら先手必勝
さっさと謝ろう!


「あー、悪りいな、さるひ「謝ったくらいで俺に気付かなかった事を許すと思ってんの?」


読まれてた…。
そうだったそうだった、猿比古には不思議な事に俺の考えている事が全部筒抜けなんだよなあ

不思議だ
ミステリーだ

俺が感情を表情に出しやすいとは考えない方向で

され、
この状況…どうやって切り抜けたものか


「美咲は普段から一緒にいる俺のことすら気付いてくれないんだ?薄情だよなあ、みさきぃ。」

「えぇっと…、なんつうかあ…。――ハハッ」

「笑って誤魔化してんじゃねえよ、このチビ」


作戦失敗!
とりあえず笑って流してみようと思ったのによ…、

流されろ
海の彼方まで流されてくれ!


さて、作戦(浅はかな)も無くなってしまったことだ。こまった、非常に困った。

謝るのも流す事も失敗
これは困った、猿比古の機嫌が悪いままなのは今後の生活に支障が出る

猿比古のことだし…、

今のうちに機嫌を直しておかないと、俺の嫌がる事を徹底的にして来るだろう

例えば、俺の貴重な貴重な睡眠時間を妨害したり…絶対にする。コイツならマジでやりかねん!


その他にも数えきれないくらい嫌がらせをされそうだ。…仕方が無い、こうなったら最終手段を使うしかないな

少しだけ緊張しながら、対猿比古専用の最終手段を使う


「猿比古!」

「さあて、最終手段とやらを聞かせて貰おうか?」


ナチュラルに心の中を読まないでください、お願いします(思わず敬語になる位に嫌なんだが)

すう、と息を吸い込んで俺は最終手段を口にした


「――取引をしよう」

「…、へえ。聞いてやるよ言ってみ?」


よし、来た!
さっきまで話も聞かなかったのに今回は食い付いたぜ…、よしよし

良い感じだ…。
これぞ正にアレだな


「ククク…、計画通り」

「なんでだろうな、それは…お前の台詞じゃない気がするんだが」


気のせいだ、気にするな

猿比古が取引内容を聞く気になったことだし、さっそく取引内容を考えよう

俺の頭さえ良ければ、今の数秒で取引内容を考える事が出来たんだろうけど…生憎、俺はそこまで頭は回らないんだ


「さっさと内容を言ってみろよぉ、みさきぃ」

「あ、えぇっと!」


思考時間が無くなった!

これは不味い、非常に不味いのだが!今から時間をかけて、ゆっくり考えようと思ったのに!

悠長に考えている暇が無くなった。どうしよう、ここで取引を破棄されるのは辛い…こうなったら!


「み、さきぃ?」

「…猿比古!お前の要求をなんでも一つだけ叶えてやる!」


これぞ魔法の呪文…完璧だ、文句のつけようがな――いや、待てよ。一つだけ言ってはならない言葉を言った気がするんだが


「…あ、あのー」

「……なんでも、ねえ」


しまったあああああああ!

やっちまったよ、これはあかん…この言葉はあかんよ俺!

なんでも、なんて言葉を付けた数秒前の自分を殴り飛ばしたい。なんで余計な言葉を付け加えたし…

馬鹿なのか
馬鹿なんだな俺は!(今更であるとは言うなよ)

俺の顔が青ざめて行くのと反比例を起して猿比古の顔が楽しそうに歪められる。水を得た魚のように楽し…いや、愉しそうにしている


「さささ猿比古さん?」

「今更やめるなんて…言わねえよなあ?そんな卑怯な事を言ったりはしないよなあ?」

「勿論じゃねえか、男に二言はねえよ」


二言も三言もある、ありまくるっていうのに…なんで俺の口は俺を苦しめることしか言わねえんだよ……。

俺の口は敵だ
コイツが勝手な行動をするせいで俺は…俺(本体)は!

俺が自分の口に殺意を持ち始めていると、猿比古が歪んだ笑みを浮かべたまま俺を見据えた


「――きーめたあ。」

「な、なんでも言ってみろ!」


もう覚悟は決めた、猿比古に無茶な要求をされる事は目に見えきっている。諦めろ、そして頑張ろうじゃないか俺!

ごくり、と息を飲む
猿比古の口が、ゆっくりと動きを見せた


「美咲、お前さあ…」

「――ッ、んだよ!」


じれったい、中々要求を言わずに溜める猿比古。…ここでも遊ばれてる気がするぜ

溜める猿比古にドキドキと煩い心臓を抑え込む。大丈夫、何を言われたって俺は耐えてみせるぜ!

きっと、大丈夫――


「お前さあ、授業中に寝るな。俺の暇潰しに付き合え」

「っ、……へ?」


今、この野郎
なんて言いやがりましたか?

おかしいな、予想を軽く越えた発言が聞こえた気がするけど。

聞き間違いだな!


「まさか猿比古が俺に授業中寝るなとか利益の無い要求をするわけねえか!」

「現実逃避してるだろ。そのまさかだ、聞き間違いでもなけりゃあ利益が無いわけでもねえよ」


マジかよ…、何を企んでるんだよ。この変態は、俺の予想の上を軽々と越える要求を出すド変態は!

つうか…俺の貴重な睡眠時間を奪おうとするなんて…なんて奴だ。

と、そこで俺は少し気になって尋ねてみる


「なあ猿比古、お前は俺の睡眠を妨害して何の得があるっつうんだよ?」


授業中に暇が無くなる…なんて事だけか?大体、授業を暇だとか言うなよな(寝ると宣言している俺もアレではあるのだが。)頭が無駄に良い猿比古らしい考えではあるのだが…なんか引っ掛かるんだよなあ。

猿比古は、俺の質問を待っていたという顔で語り始めた


「馬鹿だなあ、美咲…利益も得も幾らでもあるっつうの。俺の暇が潰される事が一つだろ?それから、美咲の嫌がる顔が見える事に、美咲の睡眠時間を奪える事に、美咲が勉強しようとして挫折する姿が見える事。……まだまだあるけど、聞くか?」

「お前が最低だって事だけは凄く伝わったから、さっさと死ねばいいと思う」


死ねないなあ、と猿比古

いや死ねばいいと思うよ。
――俺の為に、人類の為に

お前みたいな外道に近いドSには初めて出会った、そして今後一切出会いたいとは思わないからな。

俺の心からの暴言を受け止めていないかのように、猿比古は言葉を続ける


「まあ…なんだかんだ言っても一番の理由は」

「……一番の理由は?」


そこで一拍置いて、猿比古は偉く真剣な表情を浮かべて俺を見る。

まっすぐ、に。

柄にも無い行為に思わず息を飲む。猿比古の先の言葉に、同じく柄にもなく期待している自分が居た

猿比古は俺の目を真っ直ぐに見据えた状態で、直球な言葉を投げつけて来た


「お前が俺だけ見てくれる時間が増えるからな……だな。ま、美咲が寝ない限りはノートくらいは写させてやっても良いけど?」

「…………」


なんて、彼の端正な顔で言われると普通にキュンときちゃったりして

し、仕方ないから授業中に寝る事は諦めてやるよ。…あくまで!猿比古のノートの為だ、猿比古を見て居たいからじゃない!





窓際最後列、日当たり良好
仕方ないから授業中に寝る事は諦めて…って、あれ。俺の目的って睡眠を邪魔されない事じゃ…!これじゃあ俺は何のために取引を…!

(ククッ、計画通り…)



−−−
計画通りの台詞が通じる人が何人くらいいるのか気になります


( )




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