「こんちわぁー」
開店前のHOMURAバーに響いてきたのは、昔懐かしい裏切り者の声で、俺は一瞬で戦闘態勢に入った。扉の方を向いて見れば、そこには猿比古の他に二人…、青の王と――
「み、みこっ、尊さんっ!?」
「…よぉ、八田」
青服に捕まっているはずの尊さんが、何故か居た
おとなのあそび
触り慣れていない…というより初めて触れた感触に少しだけ緊張を隠せないでいた。ジャラジャラと牌が混ざり合う音が煩くて、今の状況を整理するのを邪魔される
猿比古との再会、
青の王の訪問。
そして…、尊さんの急すぎる帰還
正直意味が分からない
どうしてこうなった…としか言いようがない状況下に立たされている
ほんの数分前に行われた青の王からの説明によると、
『周防が「麻雀してえ」と言うのと、伏見くんが「美咲ぃ、美咲が足りねえ…。」と煩いので……一石二鳥、という奴ですよ』
どこがだよ!
と、叫んでしまいたかったけど…相手は仮にも王で、麻雀がしたいのは尊さんらしいので我慢
そんなわけで
「美咲、お前って麻雀打てるの?」
「う…、うっせえ!当たり前だろーがっ!」
ニヤけ顔の猿比古の質問に、考えるのではなく反射的に答える。――答えた後になって、自分の失敗に気付く。…なんか、猿比古の術中にハマっている気が
「へぇええ!じゃあ、ルール説明は要らねえよなぁ?」
「う…、ぐぅっ…!」
ルールなんて、なんとなくしか知らないし、そもそも麻雀って漫画で読んだ事あるだけなんだよな…。全然知らねえけど…、猿比古に教えて貰うのは癪すぎる!
助けてください…尊さん
俺のヘルプの視線を対局に座る尊さんは感じとったのか口を開いた
「八田ぁ…、」
「、はいっ!」
流石尊さん、本当に俺の気持ちがテレパシーで繋がってるなんて俺と尊さんは運命の赤い糸で結ばれてるんじゃねえの?いやー、これで一安心…
「そこの灰皿取ってくれ」
「はい!……え、」
「お前の手元にあるだろ、その灰皿くれ」
見れば手元には尊さん愛用の灰皿があった、…なるほどね。尊さんは煙草の灰が落ちそうだから、おれに灰皿を取れって言いたかったんですね!分かりました!
「…どうぞ」
「おー、さんきゅ」
畜生…、尊さんに礼なんて言われちまったら何も言えねえ…。今更ルール教えてくださいなんて聞けねえ…。仕方ない、なんとか乗り切るしかないな。
かなり混ざったであろう牌を十七枚ずつ二列に並べて、山を作る。…正直腕が震えたけど、なんとか上手く山が作れた、良かった本当に。ここで俺は喜びたいのだが、猿比古達は普通にできているので何も言えない…畜生。
「半荘な」
「了解です」
は、はんちゃん…?なんですか尊さん、青の王が普通に対応しているけど意味が分からない。…まぁ、なんとかなるだろ。
なんとか…なる、よな?
xxx
なんとかなってねえ…。
さっきから用語が飛び交い過ぎて意味が分からない、牌の呼び方から始まり何もかもが分からない。
しかも、どうやら一回捨てた牌でロンすることは出来ないらしく(なんだっけ、フリテン?)思いっきりフリテンをやらかしてしまったし、少し前には役無しで…あぁもう、意味が分からん
青の王曰く「打ち方を覚えたら強そうですね」とお褒めの言葉を頂いた。別に嬉しくねえよ、尊さんに言われるなら嬉しいけどな
「みっつずつ…、みっつずつ…。」
呪文のように唱えながら要らない牌を考えて捨てる、あぁもう難しいな!
「美咲、それロン」
ぱたりと倒れる猿比古の手札。見れば綺麗に同じ模様が揃っていて、…なんか相当高い役に振り込んでしまった気がするんだが!
「染め手か…、渋い役作るじゃねえか」
「どうも…。美咲、18000点な」
「うぐぅ…、ほらよ!」
点棒くらいは分かったので、猿比古に渡す。…羨ましい、尊さんに褒められるなんて羨まし過ぎるじゃねえか!そこ変われよ猿比古、
それにしても…、やばい。
点棒が尽きてしまいそうだ。リーチかけたり上がられたりしてたから仕方ねえんだけど…、あとはリー棒が一本しか残ってねえ…!
「美咲ぃ、お前って本当ばっかだよなあ」
「うぅ…、」
言いかえす事が出来ないのが一番悔しい。今の所トップ走ってんのが猿比古で、その次が尊さん、…そういえば青の王は上がってねえな…案外俺と同じくらいなのかもしれない。
「ラス親行くぜ」
尊さんの親
これで半荘が終わる…らしい
少し緊張しながらも山を作り、始める。
麻雀独特の音が響く、…何気に麻雀の牌の音って好きかもしれない。なんというか…独特しか言いようがない感じの音が良い。おっと、集中しなければ
相変わらずボロボロの手牌…いやでも、これで上がらなければ俺はヤバい!絶対に上がってやる…!
カッ、カッ。
何巡目だ…?
結構な回数進んだ所で、尊さんが点棒を出して一言
「リーチ」
うっわああああああ!来た、
尊さんのリーチが来た!えぇっと、こういう時は確か…尊さんが捨てた牌から捨てて行けばいいんだっけ?
猿比古も堅く打ってるなあ…、ベタ降りしてるし。まぁ尊さんとの点差も考えれば普通か?俺も堅く打たせて貰おう、確実に行った方がよさそうな気がする。
捨て牌から見て…も分からん!ちょっと知った気になっても駄目だな、分からない物は分からない
とりあえず、安牌を捨てる
「……。」
通った!よし、この調子で打たせて貰おう。
俺が捨てて青の王がツモる、しばし悩んだ末に牌を捨て…え、これ大丈夫な牌か?初心者の俺でも分かるぞ、なんかヤバい気が……
「ロン、」
「室長!あんた、何やってんすか!!明らかに筋ド真ん中じゃねえっすか!」
猿比古が言ってる事は意味が分からんが、なんとなくわかる。それは捨てたら駄目な牌だと思うぜ、青の王さん。
尊さんの作った役は…、よく分からんが数字が書いてある牌が揃っていた。
「九蓮宝燈」
「う、嘘だろ…。」
尊さんの行った役名に猿比古が驚愕している。…詳しくない俺は知らんが、なんか凄い役なんだろう。やっぱ尊さんは凄え!(何が凄いかは分かってないけど)
青の王は戸惑っている…、この人どーも怪しいんだよなあ、ニコニコ笑ってるだけで今日は何もしてねえ気が…。
俺が試行錯誤している所で、青の王がとんでもない発言を猿比古にした
「あ、実は"まーじゃん"とやらを、始めて打つんですよ」
「それを一番に言ってくれ!」
あーあ、上司に対する敬語が完全に消えちまってるわ。
しかし青の王も初心者だったのか…、なるほどな納得納得。その割には、ずっと知ってるふりしてたな…この人アホだな、俺よりアホだな。
そんなわけで、
「宗像の飛び終了で、俺の勝ち…だな?」
「チッ…、そうっすよ」
尊さんが勝った!わーい!
俺はギリギリ三位だった、猿比古が死ぬほど悔しそうな顔をしている。ざまぁ!
青の王は未だに状況が分かってないまま、薄い笑みを浮かべている。…本当に怖いなこの人、俺だったら何考えてるか分かんなくて困るわ
尊さんは特に喜ぶわけでもなく煙草を吸っていた。やっぱ尊さんは何していても絵になるなあ、最高過ぎる!
「さて、そろそろ帰りましょうか。周防を勝手に連れ出した上に、こんな所で麻雀していると淡島くんにバレると大変ですしね」
「そっすね、帰りますか」
ゆるゆると帰る支度を始める三人…、本当に麻雀しに来ただけだったんだな。公的機関の人間が勤務中に麻雀やるって…大丈夫か?
気だるそうに立ち上がった三人は、気だるそうにバーから出て行こうとした所でバーの扉が開いた。扉の向こうには笑顔を浮かべた二人組の男女、一人は俺も知っている。
「な、に、を。しているのかしらねェ…」
「あああ淡島くん!?」
「ふふふ副長!?」
女性の方は青服に身を纏っていた、猿比古と青の王が青ざめている。話の流れから察するに先程の話に出て来た淡島…という人だろうか?綺麗な人だけど、笑顔が怖い
もう一人の男性の方は、尊さんを方を笑顔で見ている。…尊さんが柄にも無く気まづそうに眼を逸らして困っているのが分かるので俺は助け船を出すために入口の方へ足を運んだ
「草薙さん遅かったっすね」
「おぉ、八田ちゃんか。……で、どないなっとんねん尊」
「……八田に聞け」
俺に丸投げ!?
淡島という人が、猿比古達の手首を掴んでバーを出て行く。それに付いていくように尊さんもバーを出て行く…ちょっと待って!これって俺が死亡フラ…グ……。
草薙さんが笑顔で(ただし、サングラス越しの眼は一切笑っていない)俺に告げる
「八田ちゃん、どないなっとんねんかなあ?」
「あ、あはは…。」
どうなっているなんて、俺が一番聞きたいっすよ!なんせ俺が一番状況を理解出来ないままやってたんすからね!…なんて逆ギレすることも出来ず、ひたすらに困った笑みを浮かべる俺
麻雀という遊びは大人になっても一生やらない、と心に強く決めた。
−−−
麻雀は好きですが恐ろしいほどに弱いです、飛び終了させられた事が何度あるか…。麻雀を知らない人への配慮を完全に忘れました、ごめんなさい。
九蓮宝燈は、かなりレアな役です。勿論、私は出来た事がありません…いつかやってみたいです。
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