上がり続ける体温 | ナノ



これの続き
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「室長、伏見です」


書類提出の為に室長の部屋に行けば、何故か返事が無い。また居眠りか、もしくはパズルに夢中か…どちらにせよ入れば分かるか。

コンコンと再度叩いてから返事が無いのを確認して、がちゃりとドアノブを回して勝手に開ける。


「室長、伏見ですが…、」


どうかされたのですか、と一応敬語を使って言おうとするが途中で口が止まる。

室長がテレビを…ガキ使を見ながら涙目になる程笑いを堪えていた、肩が滅茶苦茶震えている。


「………、」


見てはいけない物を見てしまった気がする、今すぐ扉を閉めて全力で逃げ出してしまいたい位だ

室長は、ようやく俺に気付いたのか此方を見て呆然とする…いや、俺が呆然としたいんすけど。

キリっと真面目な顔に戻った室長が普段の調子で微笑む。


「どうかしましたか、伏見くん」

「どうかしてんのは室長…。あ、いや、なんでもないです」


普段の笑みから殺気が溢れ出ている

つーか顔に書いてある
【その事には触れるな】と。

本当に面倒くさい人だな…、まぁ俺も見なかった事にしたい位だから別に良いけど。


「頼まれていた書類です、確認お願いします」

「あぁ…、そういえば。頼んでいましたね、どれ?」


完璧に忘れてたろ、このおっさん。ふざけんなよ、その書類まとめるために俺は今の今まで帰れなかったんだからな。死ね、この野郎。

…なんて思ってはいても口には出さずに、室長の机の方へと近づいて書類を手渡す。ちらっと見えたガキ使には全力で目を逸らしておいた


「問題点はありますか」


パラパラと室長が書類を確認していく、その間に横目でガキ使を見る。そういえば去年は美咲と一緒だったから紅白見てたんだっけ、アイツ紅白好きだもんな


「いえ、無いです。流石…としか言いようがないですね」

「…褒めてるんすか?」

「えぇ、勿論。優秀な部下を持てて私は幸せです」


にこやかに微笑む室長
…感情が読めないから嫌いだ、なにをしたいんだ。

さっさと出て行ってしまおうと思い、室長に背を向けた所で思い出したように室長が声を上げる


「そういえば…伏見くん、君にお客様が来ていますよ」

「あ…?俺にですか」

「えぇ、君にです。」


それを早く言えよ
書類よりも普通は客の方が大事なんじゃねえの?

まぁ室長に常識を求めても仕方がないことだけど…、それにしても俺に客か、珍しいな。


「で、どこに居るんすか」


客を待たせているなら…
さっさと行った方がよさそうだ。相手は誰にしても待たせるのは流石にヤバい気がする

室長は食えない笑みを浮かべた状態で言った


「此処に来てます」

「……はあ?」

「ほら、そんな所に隠れてないで出てきたらどうですか?」


俺から丁度死角となっている方向に声をかける室長、待合室じゃなくて室長の部屋に通されるなんて事は…余程偉い奴か?

早く帰りてえ…だりい…。


「ほら、早く」

「その…、えっと……。」


冷めた目で見ていた俺だったが、客人の声を聞いて眼を見開いた。

客人は、ゆっくりと視覚から出てきて俺の方へと姿を見せた。そこに居たのは見慣れたアイツの姿で、驚きで声が出ない。

室長が俺とアイツを取り持つように声を発した


「君への客人ですよ、伏見くん。…知っていると思いますが、八田美咲くんです。」

「……みさき、」


絞り出したような声で美咲の名前を呼ぶと、美咲は据わった眼で此方を見る。

その目を見て分かった
コイツは何かしらの覚悟を決めて、今ここに来ているって事を。

俺は柄にもなく心臓をバクバクと煩く鳴り響かせて美咲の次の言葉を待った


「猿比古、あのな。」

「…なんだよ」


動揺を悟られない様に冷たい声が出る

何言ってんだ俺は、
しかし美咲は気にも留めずに言葉を続けた


「あの…、今から一緒に花火しようぜ!」

「っ、……は?」

「だから、今から一緒に花火しに行こうぜ!」


やべえ俺幻聴が聞こえ始めた
美咲が青のクランへわざわざ足を運んで、俺に花火しようって誘う?

いやいやいや、無いだろ

どう考えてもおかしいだろ、まさか俺にしか見えてない幻覚だったりするかこれ。それか夢、夢なのか?


「猿比古!行くぞ!」

「え、あ…ちょっ!室長!?」

「勤務時間の終了ですよ、伏見くん。」


ヒラヒラと手を振る室長、そのまま視線をガキ使の方へと移してしまう。

美咲は俺の方へと向かってきて、そのまま俺の手を掴んで部屋を出て行く。俺は美咲に引っ張られるままに室長の部屋を出て、敷地内も出た




 xxx




「青の王はやっぱ怖えーな!お前、いっつもアレと一緒なのかよ」


熱い、
外は凍えるように寒いのに体は嫌と言うほどに熱い、美咲の脚力を舐めていた。コイツやっぱり長距離走は化物だな、脚の長さでリーチがあるのにキツい

美咲が俺を無理矢理連れて来たのは、一年前に美咲と花火をした公園だった。

何も変わっていない
去年とまったく同じ状況

強いて言うなら…、美咲と俺の関係が変わっただけだ


「おい、聞いてんのかよ」

「あぁ?うっせーな…つーか、お前は何で室長の部屋に居たわけ?」

「さっき言ったろ、お前を花火に誘う為だ!」


何の迷いもなく告げる美咲
…そんな目で俺を見るな、まっすぐとした美咲の目で見られると疑う事が煩わしくなる

俺を誘き出すためとか
そんな理由があれば俺だって美咲に切りかかれるのに、純粋に花火に誘われると何もできない


「さみぃよ、馬鹿」

「走って体は暖まっただろ?」


じんじんと腹の底から熱が出て来る、確かに暖かい…っつうか熱いんだけど

美咲は打ち上げ花火を手際良く準備して、俺の隣に座る。


導火線が尽きると、大きな音を立てて暗い空にキラキラと輝く花火が咲く

ふと美咲の方を見れば
心底楽しそうに笑う美咲が居て…、その姿が一年前の記憶と同じで

俺が記憶に浸っていると、隣の美咲が顔を曇らせて小さく呟く。

小さく、
聞きとる事も困難なほどに小さな声で


「…淋しかった、」

「み、さき…?」

「ずっと、ずっと寂しかったんだよ…っ。お前、居なくなって、本当に…ずっと、」


ぽたり、ぽたり。と美咲の目から零れ落ちて行く雫

途端に俺の中のいろんな感情や理性が砕け散った、なんの迷いもなく美咲の小柄な体を強く抱きしめる


「美咲、ごめん。本当に…ごめんっ、ごめんな…ッ!」

「さ、るぅ…っ、会いたかった…ほんと、に――っ、むぐ!」


美咲の言葉を遮って口付けを落とす、公の場所なんて事は気にもせずに深いキスで美咲と繋がる

熱い、
美咲の舌が熱い。

零れ落ちる唾液すら愛しく、唾液なんて気にもならないままに互いの唇を貪り合う


欠けた時間を埋めるように
失った時間を埋めるように

ただひたすらに互いの存在を貪りあった


花火は、とうに消えていた。



上がり続ける体温
美咲が居ると暑さで溶けてしまいそう



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大晦日ネタ
みなさま、良いお年を!


ちなみに室長はガキ使を爆笑しながら見たいけど、美咲が居たから声を抑えて笑ってただけです。爆笑室長を見て淡島さんがドン引きします








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