背骨まで凍てつくほど | ナノ




確かにアイツは七時に来いと言ったはずなのに、俺を呼び出した本人は未だに来ていなかった

寒い、凍ってしまいそうだ。季節も巡りに廻って冬真っ只中になっているというのに…、外に長時間立っているのは拷問以外の何物でもない。あの野郎…、




つい数分前のことだ。こんな寒い中で寄り道をしようという気に一切ならず、さっさと帰ってしまおうと思っていた矢先に猿比古から連絡が入った


『今日の7時に駅前の時計台の前な、来いよ』


はぁ?という俺の疑問は見事にスルーされ、自分の言いたい事だけ告げて早々に電話を切った猿比古。折り返したら電源落としやがった、ふざけんなよ

無視してしまうのが一番なのだろうけど、その後の猿比古の機嫌が一番怖い。暫く不機嫌な日々が続き、八つ当たりされそうだ。この場合は逆ギレか?




同じ制服を身に纏った人間が、ぞろぞろと集団下校の様に帰っていく。

俺を呼び出した張本人を探しては見るものの、周りは数人グループばかりで一人で帰ってきている奴なんて居ない。猿比古の事だから、一人だと思ったんだけど…当てが外れたか?

あぁ、もう寒い。端末を見てみれば時刻は7時30分、約束の時間は30分も過ぎているというのに未だに来ない猿比古。


「……早く来いよ、馬鹿猿。」


思わず漏れる一人言、自分で呟いてから口を押さえる。今自分はなんて言った?まるで猿比古が来ないのが寂しいみたいな事を呟かなかったか…、いやいや言ってない。

寒いから早く解放されたいだけだ、それ以外の何物でもない。




端末の時計と睨めっこしながら、ひたすらに猿比古を待ち続ける。指先の感覚が無くなって来た、夜も更ければ気温は下がる一方で俺の体温の下がっていく一方だった

帰ってしまおうかな、なんて最初こそ考えていたけど今となっては考えられない。呼び出されたんだ、ここまで待って猿比古と会わずに帰るなんて一番嫌だ。

吐き出す息が冷たくなりそうだ、寒さから気を紛らわそうと一人言を息と一緒に吐き出してみる。


「なんで来ないんだよ。もう一時間も遅れてんぞ、時計も読めない程に馬鹿猿なのかよアイツは。あーもう、寒い。寒い寒い寒い!全部、全部猿比古のせいだ。これでくだんねえ要件だったら許さねえ…っ」


吐き出せば吐き出すほどに言葉が熱帯びて行く、ゆっくりと目頭も熱くなってきた。なんだよ俺、なんで…なんで猿が来ないだけで、こんな…ッ。

首元のマフラーで目を拭ってみれば、涙がしみ込んでいた。なんだ、泣いてんじゃねえかよ俺。情けねえ、猿比古が来ないだけで泣くなんて女々し過ぎんだろ。

もう一度だけ一人言を吐き出してしまおうと、すぅと息を吸い込む。冷たい空気だ、すこしだけ息を止めて小さな声で呟く


「会いたい…、会いたいよ…っ。猿比古、」




「――、美咲っ!!!!」


「さ…っ、」


会いたい、と吐露すると同時に前方から息絶え絶えに走ってきたのは待ち人だった。頬を赤く染め、息は荒く、髪の毛はぐしゃぐしゃに荒れていた。

言いたい事は山のようにあるのに何も言えない。遅いとか馬鹿とか、暴言ならいくらでも浴びせる事が出来ると言うのに…今の俺には待ち人が来たという喜びで溢れていた

会いたかった人、そうだ今日こんなに我慢したのは俺が会いたかったからなのかもしれない。いろんな理由を付けて、長々と待っていたのも自分が会いたかったからだ


「…っ、遅い!」

「はぁ…っ、ごめん。どうしても…美咲に渡したい物があったんだ、」


未だに整わない呼吸で俺に告げる猿比古。大きく深呼吸を何度も繰り返して、猿比古は俺の目の前に立った。頬は赤いし、目は潤んでいる。普段とは明らかに違う姿だが、これも猿比古だ

猿比古は、潤んだ瞳のままで俺の目をまっすぐに見た。


「美咲、あのさ…俺。」

「――なんだよ、」

「お前の事、絶対幸せにすっから…っ。俺と結婚前提に付き合ってくれ、」


息が詰まってしまいそうだった、思いもよらなかった告白。猿比古は真面目な顔で俺の目を見据える、俺も猿比古の目から視線を離す事が出来なかった。

猿比古は、手に持っていた袋の中から小さな小箱を取り出す。何をするんだ、と見ていれば猿比古はソレを俺に差し出した。


「これ、」

「……開けて良いか?」


勿論、と帰って来たので二つ折りになっている小箱を開ける。中には銀色の輪に小さく輝く宝石…これは、もしかしなくても、


「…指輪、?」

「高級なもんじゃねえしハッキリ言って安物だけど…、お前に似合うと思ったから」


探し回ってたら遅くなって…、と続ける猿比古。なんだよ、じゃあ今日のこれは全部…。


「…ハハッ、馬鹿だな猿」

「みさ、き?」


こんな物…いや、猿比古がくれた物だから大切なものなんだけど、それより一つだけ言っておきたい事がある。やっぱり、猿比古は馬鹿だな


「指輪なんて…、後でも良いのに。馬鹿だな、猿」

「……、」

「俺が…っ、ココで断るわけがない事くらい知ってたくせに、」


あぁまた目頭が熱くなる、さっきから寒さを全然感じなくなった。それは待ち人が来たから?いいや違う、猿比古が来たからだ。

ぼろぼろと溢れだす涙。しかし猿比古の眼だけは、しっかりと見据えて俺も数分前の猿比子と同じ様に堂々と告げた



「幸せに、してくださいっ」




背骨まで凍てつくほど
待てていたのは君が好きだったから


−−−


寒い中で健気に待つ美咲と一生懸命指輪を買いに走る猿比古の青春。

次の日から二人の薬指には同じ指輪がはめてありましたとさ、めでたしめでたし。









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