目がさめると、私はベッドに横たわっていた。あれ、私、寝ちゃってた。上半身を起こして部屋を見渡すけど、カラ松の姿は見当たらない。家に帰ってしまったんだろうか。一人の部屋に心細さを感じていると、玄関の鍵が開く音がした。

 思わず身を固まらせていると、玄関の扉が開いて誰かが入ってきた。恐怖心が体を支配する。そして、部屋の扉が開きー入ってきたのは、カラ松だった。

「ああ、起きたのか。おはよう」

 ベッドの上で固まる私を余所に、カラ松は私を見てにこりと笑うと何やら大きな旅行カバンのようなものをどさりと置いた。入ってきたのがカラ松だったことに胸をなで下ろす。

「…びっくりした。急に誰かが入ってくるから」

「驚かせてすまない。家に荷物を取りに行っていたんだ」

「…荷物?」

「ああ。一人じゃ危ないだろうからな。暫くここに住む事にした。かまわないか?」

 かまわないか?って、もうそんなに荷物も持ってきて住む気満々じゃん…。そう心の中でツッコミを入れたけど、一人じゃないという安心感が私の中に一気に広がる。その言葉に頷いて、ベッドからおりた。

「にしても、何をそんなに持ってきたの?」

「服と下着、それからサングラスと、鏡だ」

「えっ?それだけなのにこのパンパン具合なの?」

「フッ…男には色々とあるのさ、特にこのデキる男カラ松には…な」

「…あっそう」

 旅行カバンにパンパンに詰め込まれたのが全てあの痛い服たちかと思うと気が滅入るけど、まあいいやとカバンに手をかける、と。

「おおっと!ちょっと待った!」

 そう言ってカラ松が焦ったようにカバンを持ち上げた。少し怪しいその行動に思わず顔を顰める。

「え?なに?」

「その…できたら開けないでほしい」

「…なんで?」

「いや…その…なんというか…」

 しどろもどろになるカラ松に首を傾げる。それでもまあいいかと気にしない事にして、顔を洗いに洗面台に立った。後ろでカラ松が、「ふう…」と息を吐いたのが聞こえる。…ふと芽生えた不信感に、私は頭を振った。

 そしてなんとかご飯を食べてカラ松と部屋でごろごろしていたら、昨日カラ松がやたら早く私の家に着いたことを思い出して質問してみた。

「そういえばさ、昨日なんであんなに早かったの?」

「なんのことだ?」

「私が助けてって電話したとき。2分もしないうちに来たじゃん」

「ああ。たまたまなまえの家の近くにいたんだ」

 その言葉にふうん、と気のない返事をする。私とカラ松の家はまあまあ離れていて、歩いて30分はかかる。そんなところまで「たまたま」やってくることなど早々ないだろうに。特にカラ松の家の付近は何でも揃ってて、私の家の付近はそこに比べると何もない。なのに、「たまたま」ここまでやってくるなんて、何か変だ。

「たまたま?この辺住宅地だけど、何の用だったの?」

「…まあ、それはいいじゃないか。そんな事よりカラ松ガール、今夜は唐揚げにしないか?」

「さっき朝兼昼ご飯食べたばっかりなのにもう夜の話?」

 また濁された。だけど、それにあえて気づかないようにしてカラ松の下手くそな話題変えに乗っかった。カラ松はわざわざ片道30分の道のりをかけて私の家にこんな重そうな荷物を持って泊まり込もうとしてくれてるんだ。それは私が心配だからで、だからこそ昨日もあんなに怒ってくれた。そんなカラ松に不信感を抱くなんて失礼だ。何より、私は馬鹿で痛くて誰よりも優しいカラ松が、本当に好きなんだ。

 私が乗っかれば、うまいこと話題変えができたと思ったのか、カラ松はホッとしたように笑みを漏らした。私はそれを見ないふりをした。


 そうして、カラ松の違和感に気付かないふり、見ないふりをして一週間が経った。相変わらず手紙は届くけど、精液のついたティッシュは入れてこなくなった。きっとカラ松が家にいてくれるおかげだ。警察に行こうか、とカラ松に相談もしたんだけど、変に刺激しない方がいいと言われて行かなかった。その効果もあるのかもしれない。

 今日も仕事を終えて家路に着く。いつものようにポストを確認すると、また白い封筒。もってみれば、いつもよりずっしり重い気がする。それになんとなく嫌な予感がして、急ぎ足で階段を駆け上り家に帰る。慌てた様子で帰宅した私に気付いて、カラ松が慌てて部屋から飛び出してきた。

「どうした!?」

「い、や、なんもない…」

「なにもないことないだろう?!」

「…な、なんか、手紙が入ってて、いつもより重い気がして…それで、怖くなって…」

 私がそう言うと、カラ松はホッとしたように息を吐く。そして封筒を開けてみよう、と私の代わりに開けてくれた。カラ松が封筒に手を入れて手紙を出そうとした瞬間、「っ、」と声も出さずに封筒を放り投げた。

「カラ松っ!?どうしたの?!」

「…っ、いや、なんでもないっ」

「…か、カラ松っ、血が、っ」

 様子のおかしいカラ松に詰め寄ると、よく見れば手から血が流れ出している。それを見て、一気に顔から血の気が引いた。急いで封筒を確認しようと目を向けて、頭が真っ白になった。カラ松が放り投げた封筒からいつもの白い便箋ともうひとつ、写真らしきものが飛び出している。

 震える手でそれを拾えば、それはやっぱり写真だった。しかも、全て私が映っている。ポストを確認する私の姿や、職場から出てくる私の姿。中にはいつ撮ったのかも分からない、私が部屋で着替えている写真もあった。

「ひぃ、っ」

 思わず写真を放り投げて、後退りする。いつから、こんなに。この差出人は、ずっと、ずっと、私を見ていたのか。私が気付かない間中、ずっと。それに気付いてガタガタと体の震えが止まらなくなった。そんな私を、カラ松が後ろから優しく抱きしめた。

「なまえ、落ち着け」

「か、カラ松…っ写真、写真が…っ」

「大丈夫。大丈夫だ。俺がいる」

「怖い…っ怖いよぉ…、っなんで私が…っ」

「なまえ。俺が君を守る。約束する」


 そして、その言葉を聞いた途端、体が硬直した。今、なんて…?


「絶対に、俺が君を守る」


 ぽたり、と血が滴り落ちる音が、やけに大きく聞こえた。


#05/11/16