慌てて家を飛び出したものの、私には一松が行きそうな場所なんて皆目検討もつかず、ただ街を歩きながら探すという事しかできなかった。いなくなったのがおそ松だったのなら、私はきっと行きそうな場所を何個かピックアップして探せただろう。それだけ私はおそ松だけを見てきていたということで、自分の健気さにため息が出る。

 それから暫く歩いてとりあえず街を一周してみたけど、一松らしき人物は発見できない。これは困ったと首をひねって、昨日一松と別れた場所に行ってみることにした。まあいるはずがないんだけど、何かしらのヒントがあるかもしれない。

 そう思って足を進めたのに、そこにいくと一松がいた。

「…あ、えっ、一松…?」

 灯台下暗しってことのことだ。もしかして一晩中ここに居たの?そう思いながらも、恐る恐る声をかける。すると一松はゆっくりと振り向き、私を見た。

「…おそ松兄さんに見えた?」

 そして、皮肉めいた言葉を発してまた前を向いてしまう。なんだか拗ねてるみたいな一松が可愛く見えて、私は一松の横まで歩いて腰を下ろした。

「…なに」

「そんなわけないでしょ。一松を捜しに来たんだから」

「なんで」

「おそ松が、一松が帰ってこないって心配の電話してきたの。それで、私に知らないか?って。だから捜しに来た。まさか昨日と同じ場所にいるとは思わなかったけど」

 そう言って笑えば、一松が何を考えているか分からないじっとりとした目で私を見てくる。今度は私が「なに?」と言う番だった。

「おそ松兄さんに言われたから来たの?」

 表情は変わらないのにぽつりと悲しそうな声を出した一松。それを聞いて、少し目を見張る。私の対応が一松を傷付けてしまった。昨日は自分のことに必死で、そんなこと気付きもしなかった。今更ながらに罪悪感がむくむくと顔を出す。

「…別にいいけど。なまえがおそ松兄さんを誰よりも好きだって、ずっと知ってたから」

 そうして反省していると、沈黙を肯定と取ったのか、一松がそう言って立ち上がった。だから私も慌てて立ち上がって、歩き出そうとする一松の腕を掴む。


「ち、違うよ、一松。そうじゃなくて、一松が心配だから来たの」

「いいよ、そういうの。余計惨めになるだけだから」

「ほんと、違う、そうじゃなくて!」

「じゃあ俺と付き合ってくれるの」


 慌てて言葉を紡ぐ私に、一松が私を見据えてそう言った。その表情は昨日私に告白してきた時と何も変わらなくて、思わず黙り込んでしまう。そうすると、一松が距離を詰めてきた。


「ねえ。俺本気なんだけど」

「…い、一松」

「昨日だってそうだよ。なのになまえは誤魔化して逃げるから、ここから動けなかった」

「ごめ…「だから。今日は、逃げないで」


 思わず掴んでいた腕を離して俯くと、今度は一松が私の腕を掴む。それに驚いて顔を上げると、一松が泣きそうな顔で私を見ていて、そんな一松の表情を見て、私まで泣きそうになった。


「…い、一松…私…」


 一松は私と同じなんだ。報われない恋をしているんだ。でも、一松は私と違ってこうして気持ちをぶつけてきた。誰よりも自分に自信がなくて、誰よりも臆病なあの一松が、だ。それなのに私は、私は。


「なまえならわかるでしょ。好きな人に好きな人がいても、諦めきれない。…だから、今はおそ松兄さんを好きでもいいから、俺と、付き合って」


 気付いたら私は、一松のその言葉に頷いていた。なんで頷いてしまったのかなんて分からなかった。私はきっとおそ松を忘れることなんて出来ないって分かっているのに。真剣な思いだからこそ、真剣に答えなきゃいけないって分かっているのに。

 頷いた私を、思い切り抱きしめる一松。その服からはおそ松とまったく同じ匂いがして、私は泣いた。なんの涙かも、私には分からなかった。そして私を抱きしめる一松も私と同じように泣いていることも、私には分からなかった。

 こうして、私たちの悲しい関係が、幕を開けた。