高校二年の春。俺は三年で有名ないわゆる悪い先輩に呼び出されていた。場所は河川敷の橋の下。典型的なボコられるパターンの呼び出しに馬鹿正直に応える俺ではない。真正面から立ち向かって勝てる相手ではないことを見込んで藪の中に隠れて先輩を待っていた。

 そうして暫く藪の中に身を潜めていると、俺と同じ学ランを恥ずかしいくらいに着崩した茶髪二人と金髪一人が物騒にも金属バットや鉄パイプをもって現れた。かー、やっぱり。分かっちゃうんだよねえ、俺、そういうの。

「おい、松野どこだ」

「知らねえよ、ちゃんと呼び出したんだろうなぁ?」

「あたりめーだろ。あいつ怖くなって逃げ出しちゃったんじゃねえの」

 キョロキョロと辺りを見回す男たちは藪の中に隠れた俺に気付かない。尻尾を巻いて逃げ出したと思っている俺をダサいだの弱いだのと馬鹿にして笑っていた。ダサいのはお前らだよバーカ。心の中で馬鹿にして、チャンスを待った。

 そしてそのチャンスはすぐに来た。もう帰ろうぜ、と金髪が言い出してそれに賛同した茶髪二人が俺に、いや正確には藪に背を向けた。その瞬間を見逃さなかった俺は勢いよく藪から抜け出し、金髪の背中に思い切り飛び蹴りを食らわせた。

 突然のことでなす術もない金髪はそのまま倒れこみ、痛みに悶える。そんな金髪の腹を何度か蹴り上げて顔面につま先で蹴りを入れると、鼻に直撃したのか、ぐあああっ!と喚き出して鼻を抑えて転がりまわった。そのまま馬乗りなってタコ殴りしてやろうかなあ。だけどあと二人残ってるし。

 ちらりと茶髪二人に目を向けるとどこからともなく現れた俺に驚きを隠せずにびっくりした様子で固まっていた。が、悶える金髪を見てようやく事態を飲み込んだのか、手に持った金属バットを振りかざして俺に向かってくる。

 遅いんだよなあ、行動が。

 俺は即座に金髪が持っていた鉄パイプを手にして茶髪二人の攻撃を避けた。そのままひとりの頭に思い切り鉄パイプをぶつけてやると、ぐあっ、と苦痛の声を出して倒れてしまった。

「お、おい!」

「こんちはー。挨拶遅れてすんませーん。松野おそ松でーす」

 倒れた茶髪を見て一瞬動きが止まったもう一人の茶髪男。喧嘩中によそ見はいかんでしょーが。その隙を見て鉄パイプで右腕を殴ると、金属バットがその男の手を離れて地面に落ちた。よし。これで武器はなくなった。あとはこいつをボコるだけだ。右腕を抑えた茶髪男の首に鉄パイプをヒットさせた。


 数分後にはすっかりボロボロになった先輩方三人と、傷一つない俺が河川敷にいた。

「じゃ、お疲れ様でーす」

 とりあえず気の済むまで殴って鉄パイプを放り投げた俺は、呻き声を出す先輩方にそう告げて河川敷をあとにした。


 あーあ。つまんねーの。大きく伸びをしながらあくびを一つ。高校に入ってからこういう呼び出しがあとを絶たない。俺は楽しく高校生活を送りたいだけなのに、それを悪い先輩方が許してくれないんだ。理由はひとつ、俺の存在が気に入らないから。

 何をしたってわけでもないのになぜか目立ってしまう俺は、入学当初から先輩に目をつけられてこういった呼び出しが度々あった。そしてその度に兄弟以外と喧嘩なんてしたこともないのに何故か勝っちゃうもんだから、呼び出しの数はどんどん増えていった。そのせいで俺の女の子といちゃいちゃラブラブスクールライフは実現されそうにないし、いちゃいちゃラブラブどころか怖がられている。お陰様で未だに童貞だ。

 つまんねー、あー、つまんねーよ。俺がなにしたっていうんだよ。今度は大きな溜息を漏らす。気付けば繁華街の方まで来てしまっていた。



「あれ、松野おそ松?」

「え?」

 行く当てもなくぶらぶらと繁華街を歩いていると、女の子の声が俺を呼んだ。怖がるでもない様子の声に期待して勢いよく振り向く。と。

「やっぱり、松野おそ松だ」

 そこにはにっこりと満面の笑みを浮かべた見知らぬ女の子が立っていた。その女の子は俺が通う高校の制服を着ていて、学校指定のスカートは校則違反的には完全アウトな短さに切られているようだった。ブラウスのボタンも二個外されていて、綺麗な鎖骨が見えている。そんな服装にも関わらず、髪だけは真っ黒でそれがやけに印象的だった。

「この時間に無傷でここにいるってことはー、もしかして呼び出しすっぽかしたとか?」

 そして初対面にも関わらず、まるで知り合いのように話しかけてくる女の子。ぽかんとする俺をケタケタと笑い、女の子は俺に手を出してこう言った。


「はじめましてー、みょうじなまえでーす」


 それが、彼女との出会いだった。


#05/07/16